第39話 水の処刑人
隠れ家のBARに集まって作戦会議を立てること数日。まずは革命軍に協力を仰ぐため、ここから東方の島にある彼らの本拠地『東礁宮』へ向かうことが決まった。
出発の前日、蒼瑠璃での情報の収集に1人繁華街へ出た京橋。警察官という職業柄、隠密行動には慣れているとタカをくくっていたが、甘かった。
(俺を尾行している奴がいるな。どこまで追いかけてくるつもりか知らないが、このまま帰って隠れ家の場所を晒すわけにもいかない)
京橋は敢えて迂回しながら尾行者を撒こうと試みるが、相手は一向に尻尾を出さず正体を掴めない。
それどころか、知らず知らずのうちに誘い込まれている気すらする。見知らぬ土地で、京橋はやむを得ず自然の奥深くへと入り込んでいく。都から距離は離れて、到底誰かが助けに来るとは思えない陰鬱な樹海の中まで迷い込んだ。
数々の修羅場を乗り越えてきた京橋の勘が忠告する。
(……これは、逃げられない)
京橋が感じ取っていた悪寒の正体が、遂に姿を現した。
樹木の隙間から飛び出した黒い影。背後から忍び寄る明確な殺意。
京橋は常人離れした反応速度で振り返り、影を追う。
襲撃してきたのは人間で間違いない。
加えて、リーチの長い鎌のような形をした凶器を片手に持っている。
鍛え上げられた動体視力と反射神経を駆使して、鎌に合わせるようにベルナールから授かった剣を抜いた。
ギィンッと金属が衝突する音が静寂へ消える。
ここで初めて、京橋は襲撃者と対面した。
黒い覆面のようなもので顔を隠し、素顔は見えない。
黒褐色のローブのような衣服を身に纏っており、ただならぬ雰囲気を醸し出しているのは確かだ。
「おおっと、危なっ。力んでついブッ殺しちまうところだった。お前さんが実力者で助かったぜ」
「……何者だ。俺の懸賞金を狙いに来たって感じじゃないだろう」
「ご名答。国王様の命令でねぇ、お前さんから色々と聞き出さないといけないことがあンだよ」
男が覆面を脱ぎ捨てると、中身は銀色の短髪を逆立てた中年の男だった。顔を斜めに斬りつけられたような古傷が目立つ。
そして京橋は、その男の顔を見たことがあった。
隠れ家のBARで水の国について知識を深めていた際、最も危険で用心しないといけない人物として紹介されていたからだ。
「水軍第2部隊隊長、水の処刑人『ヘンカー』だな」
「光栄だねぇ。俺を知ってんだ?」
「咎人の処刑業務を請け負う第2部隊だ、流石に調べている。俺から聞き出したいことは、新御堂 結衣の居場所のことか?」
「ご名答。ただ俺は国王様から言われているだけで、その女の居場所なんかコレっぽっちも興味ないんだわ。俺が楽しみにしてンのは……」
ヘンカーという男は不気味に歯を見せながら指を鳴らす。
すると、あろうことか樹木の枝に吊るされた人間の身体がドッと湧き出るように発生したのだ。なんらかの魔法で今まで隠されていたのか、見えていなかったのか京橋には分からない。ただそれらの肉体はあまりにも損壊が激しく、彼の拷問がいかに凄惨なモノであったかを物語る。
警察官である京橋だからこそある程度は耐性があるが、噎せ返る血肉の臭いに飛び出した臓物。悪戯に破壊されたとしか思えない四肢と顔面は、常人であれば激しい吐き気を催して見るに堪えないレベルだ。
「俺のアトリエへようこそ!お前さんは誘い込まれたのさ。今回は情報を吐かせるのが目的だからよぉ、残念ながら作品にすることはできねえが」
「コレは……全部お前がやったのか」
「俺の芸術の才能に惚れたか?なぁに、出自は全て咎人の身体だよ。ほとんどはギリギリ虫の息で生かしてある。死んだら楽に生き返ってきやがるからな」
京橋が見渡すと、確かに呻き声をあげている者が数人いる。助けてくれと言わんばかりの眼差しで訴えられた京橋は心が揺らぐ。
京橋がヘンカーを睨むと、彼は意外そうな顔で驚いた。
「どうした、そんなに怖い顔して。まさか咎人に情が移って怒ってるのか?冗談言うんじゃあねえよ。お前さんも仮にも元警察だろ?」
「咎人どもの投獄された過程を鑑みると擁護はできないが……お前のやっていることも正しいとは思えない」
「正しいさ!なにせ国王のお墨付きだからなぁ。この国では国王が法律なんだ、くだらねえ道徳や倫理は捨てねえと」
呆れたヘンカーは、大鎌を構える。
ダランと脱力した姿勢でいかにも隙だらけだが、油断していると腕の1本くらいはすぐに捥がれる。相当な実力者であることは、対峙した時から分かっていた。
そして遂に戦況が動く。
なんの前触れもなく駆け出したヘンカー。
一瞬で間合いを詰め、鎌を大振り。
決して油断した訳ではない。
京橋は刃を受け止めるのに精一杯で、他に手が回らない。ガラ空きの下腹部に強烈な前蹴りを浴びた京橋。鍛え上げられた屈強な肉体であるにもかかわらず、身体は宙を舞い、背中から派手に樹木に衝突した。
緑葉が揺れ、吊られていた咎人の赤黒い血液が滴る。
「速いし重い。コレは想像以上だな……」
たったの一撃で京橋の内臓は潰れ、あばら骨も何本か折れた。
痛みを堪えて立ち上がった時には、もう眼前にヘンカーの顔があったのだ。
表情が絶望の色に染まった瞬間、右半身に激痛が走った。
恐る恐る確認すると、あるはずの右腕が肩から下にかけてなくなっていた。
ボタボタと流れ落ちる鮮血に、土の上で僅かに震える自身の右腕。
「まずは1本。さあ質問だ、新御堂 結衣の居場所を聞こう」
「残念だったな、俺は痛みには慣れている。拷問で吐かせるのは諦めろ」
「……じゃあとりあえず、もう片方もいっとくか」
ヘンカーが鎌を振るうと、左腕が宙を舞った。
歯を食いしばって痛みに耐える。
もはや立つこともままならず、朦朧とした意識の中でその場に膝をつく。
ギリギリの状態の京橋に対して、ヘンカーは落ちた腕をお手玉のように弄びながら甘い言葉をかけるのだった。
「情報を売ってウチにつくってンなら、腕を縫合できる医者を紹介してやるよ。腕がないと不便だぜぇ?セ〇ズリこけねえしよぉ」
呑気に高笑いするヘンカー。
ただ、尚も沈黙を貫く標的に対して沸々と苛立ちが募り始めた。
「チッ……いつまで黙り込んでやがる!お前に関しては死んだら怒られんだから、さっさと答えろよ!」
「うぐぅッ!」
痺れを切らして脇腹、大腿部と順番にナイフを刺していくが、京橋は口を割らない。
出血量も激しくなってきた。このままでは命を落とすのも秒読みだ。
「大した精神力だ。延命できるよう回復役を呼んできてやる、待ってろ」
遂に痛覚に訴えるのでは効果がないと踏んだヘンカーは、近くに控えているらしい仲間を呼びに少しの間この場を離れた。この機会を京橋は見逃さなかった。
(俺も人間だ、いつかは自白してしまうかもしれない。ジン達の足を引っ張るくらいなら……ここで!)
途切れかけていた意識を精神力で繋ぎ合わせ、そしてひと思いに顎に力を入れる。
戻ってきたヘンカーは、惨状から状況を察して呆気にとられた。
「……あちゃ~。自分で舌を噛み切って死ぬとは、バケモンだねこりゃ。ま、死んじゃったモンは仕方ないし、次だな次!」
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