第16話 錬金工場の戦い1

 これとこれとこれだ。

 俺は工場内の封魔室で試験管を集めた。俺の持っている特製試験管ではないが、贅沢ぜいたくは言ってられない。

 後は魔石を集めるだけだ。


 封魔室で魔力を注入された原石は魔石となる。魔石はただちに出荷場に回され、製品として神殿に出荷される。少しはここに魔石が残っていればいいのだが。


 ……やはり無いな。


 無ければ創ろう、魔石を!


 昔やったことを覚えているかな……。

 1、まず原石を用意します。

 2、魔力を用意します。


 あ、魔力が無い。俺は魔法が使えない。リストバンドに込められた魔力では、とても足りない。

 くそっ、エスティがいれば、何かしらの魔力が用意できたものを。


 ぬかったわ~ジョナン。

 俺は中折れ帽をおさえた。


「おっちゃん」

 誰だ、俺の思考を邪魔する奴は。

 振り向くとミルポが立っていた。

「何だお前、あの部屋で待ってろって言ったろ」

「あー、悪い。エスティがおっちゃんのこと心配して。だから迎えに来た」

 エスティを置いて、俺のことを迎えに来た?


 ミルポの単独行動か……。

 これはおかしい。なにかあるな。


「お前、なんで一人で来た」

「えっ」

「お前がエスティと離れて一人で来るなんて怪しい」

 ミルポの顔色が、心なしか赤らんだ気がした。


 ますます怪しい。


「おい、お前まさか」

「な、なんだよ」

 ミルポが焦っているのが分かる。


「お前、エスティとケンカしたのか」


「はっ?」

「俺がエスティばかりめたから、お前相当怒っていたもんな。それが原因でケンカしたのか」

「ああ、あれね……」

 ミルポは少し考えている様子だ。

「別に、エスティのことがうらやましくて怒ったわけじゃない。おっちゃん、あまりエスティをめないでくれ」

「なんでだ」

「エスティはめられると、必要以上に頑張っちゃうんだ。うん、うちはそんなエスティを見たくない」

「頑張ったって、別にいいじゃないか」

 スライムさんのいない俺には貴重な戦力だ。

「ダメだ! エスティをめないでくれ」

 理由わけのわからん奴だ。

「もういいかい」

 ミルポが休憩室に向かって歩き出す。


 魔力がないんじゃ、ここにいてもしょうがない。

 俺は原石を内ポケットにねじ込むと、歩き出す。


 ミルポにも聞いてみるか。

「一応聞くが、お前魔法は使えるか」

「魔法? 魔法なんか使えないよ」

「じゃあ、落ちてくる俺を受け止めてくれた、あの力は何だ」


 ミルポは黙っている。

 俺は構わず続けた。

「空から落ちてくる俺を受け止めるなんて、女の子にそんな力があるとは思えないが」


 ミルポは相変わらず黙っている。

「お前のその力、これからの旅に何か役立つかもしれない。教えてくれ。何かアドバイスができるかもしれない」

 それを聞いてミルポは歩みを止めた。

「うるせーな、おっちゃん。今度は教師気取りかい?」

 ミルポがこちらに振り向いた。何か非常にイライラしているように見える。


「あんたなんか一緒じゃなくても、うちとエスティだけで大丈夫だよ。おっちゃん、あんた何様? おっちゃんがいると、エスティがまた傷つく」

 何を言っているんだコイツは。俺がなにか悪いことでもしたのか。この言われようは何なんだ。


 ミルポは休憩室に駆けて行った。俺も慌てて後を追う。

「一体何なんだ? あいつは」

 扉を開け、休憩室に入った。



 扉を開けると、目の前にミルポがいた。

「おわっ、危ないな」

 驚く俺の横をすり抜け、ミルポが入ってきたばかりの扉を閉める。


 なんだ? ミルポの行動に違和感いわかんを覚えた。

 そして、この感じ。まさか……。


「待っていたぞ、ジョナン」

 やっぱりだ。しかも今度はなんだ? エスティを人質にとっているのか。

 問題はミルポだ。扉の前に立って、俺の逃走ルートをふさいでいる。


 イケニエ女におどかされただけなのか、本気で寝返ったのか……。


「心配するな。ミルポとエスティは安全にここから返してやる。別の部屋で一対一の勝負と行こうじゃないか」

 俺はイケニエ女を見た。


 こいつ、もっと激情にかられる性格だと思っていたが、意外に理性的な奴だ。

 これは信じられるか……。


 だが、今なんて言った?

 ミルポとエスティ……。イケニエ女の奴、ごま塩コンビと話したのか?


 ……分からんが、とにかく交渉してみるか。


「いいだろう、まずはその子を離せ」

 イケニエ女はあっさりとエスティを離した。

 後ろからミルポに攻撃されることは……無さそうだ。

「おいミルポ、エスティを連れてこの部屋から出ろ」

 俺はミルポに指示した。


 まずは寝返りの可能性があるミルポを部屋から出そう。


 ミルポはイケニエ女の方を見た。

 イケニエ女は「行け」と、手で合図する。

 ミルポはエスティの手を握った。

「こっちの扉から出るんだ」

 後ろの扉を指し示すと、ごま塩コンビは部屋から出て行こうとする。


 ごま塩コンビと目があった。

 気のせいか?

 ミルポからは敵意を、エスティからは不安を、それぞれから感じられた。



 俺はイケニエ女と対峙たいじした。

「……二人を開放したことに、まず感謝する」

「気にするな。私の狙いはお前だけだ。それにしてもジョナン、お前はミルポにずいぶん嫌われているのだな」


 俺は中折れ帽をおさえた。


「まだ会ったばかりだけどな」

「ハハハ、年頃の娘の一時的な感情だ。気にするな」

「それはご丁寧にどうも」


 俺とイケニエ女は場所を移動する。

 ごま塩コンビが出て行った扉とは反対側だ。


 この部屋は「硬化室こうかしつ」。原石をキレイな形にする部屋だ。

 部屋の大きさは、縦10メートル、横10メートルほどか。

 部屋の配置は俺がいた頃と変わらないな。

 部屋の真ん中に作業台、壁際には手押し台車が並ぶ。薬品の入ったドラム缶も五本置いてある。

 壁からはトロッコの線路が伸びていて、隣の部屋に繋がっている。


 進歩のない職場だ。

 だが、今はそれがありがたい。

 俺に残されたのはスライムさん一匹。名前はダイナ、と命名した。しかし何も手を加えていないスライムさんだ。これでは戦力にならない。


 しかし俺に有利な点が二つある。この工場のことをよく知っていること。そして、イケニエ女は布を巻いただけの服で、しかも武器を持っていない。


 だが奴は裸でも強い!


 イケニエ女とは距離を取って対峙たいじする。戦闘能力は圧倒的に向こうが上だ。まともに戦えば瞬殺しゅんさつされるだろう。


 俺はじりじりと間合いを空ける。イケニエ女との間に作業台を挟むことに成功した。


 この作業台で、十数人が台を囲んで作業する。作業台をはさめば、イケニエ女と充分な距離が取れる。


 イケニエ女は台に手をかけ、その上に飛び乗った。そのまま台上をこちらに駆けてくる。


 さすがに速い。

 しかし俺はこの工場のことをよく知っている。

 俺は手元にあったレバーを引っ張った。


 ブザー音が鳴り、上から鉄のかたまりが降りてくる。


 イケニエ女はさっと後ずさる。


 クソッ、ブザー音で気づかれたのか。

 原石を上下からプレスする機械だ。事故を防ぐためのブザー音は消せないから仕方がない。


 でも、これでイケニエ女は簡単には動けまい。

 どこからなにが飛び出すか分からないからだ。


 チャンスだ!


 スイッチを消してこの部屋を真っ暗にすれば、俺の方が断然有利になる。

 俺は照明のスイッチを切るべく駆け出した。

 スイッチまでは少々距離があるが、作業台のこちら側だ。このタイミングなら押せる!


 あと少しでスイッチに手が届く。

 その時。


「やらせん!」

 イケニエ女の気合の声とともに、ドン! という衝撃音。


 作業台がこちらに向かって吹っ飛んでくる。


「危ねえ!」

 俺は急いで飛び退いた。

 作業台が壁にめり込む。


 あの作業台、固定されていなかったのか?


 そうだとしても、なんという力。

 イケニエ女は怪力女だ。


「お前の行動などお見通しだ」

 イケニエ女が勝ち誇ったように言った。

「クソッ、なんで分かった」

「お前の目線の動きで、それぐらい洞察どうさつできる」


 あなた、目も良いのね。


Copyright © 2024 Awo Aoyagi All Rights Reserved.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る