第11話 ジョナン、おちょくられる

 比較的広い通りに出た。辺りは夜とはいえ、魔光石の街灯で十分明るい。

 ここでも奴らは待ち構えていた。


「クソッ、こちらの行動を先読みしているのか」

 俺はエスティを見た。

「エスティ、今度はできるな」

 エスティはコクンとうなずく。


「おっちゃん、おっちゃん」

 ミルポが俺のもとに寄ってきた。

「エスティは魔法陣を描くのにちょっとばかり時間がかかる。その間、敵を食い止めて」

「なに! 俺はスライムさん切れだぞ」


 こちらに敵が迫ってくる。


 エスティを見ると、杖を取り出し地面に何やら描いている。おそらくあれが魔法陣だ。

 大体の形はできているようだ。今は細かい字を描いている。確かに時間がかかりそうだ。


 俺は覚悟を決め、エスティの壁となる決意をした。

「よし、ミルポ。行け!」

 俺はあくまでもエスティの壁だ。ここを動くわけにはいかない。敵を蹴散らすのはミルポの役目だ。


「ま、そうなるよね」

 そう言うと、ミルポはウイングボードを駆って敵兵士トルーパーに向かって行く。


 ウム、今回は聞き分けが良い。頼むから多くの敵を倒してくれよ。


 ミルポがウイングボードで敵兵士トルーパーを次々となぎ倒す。


 ヨタヨタと敵兵士トルーパーがこちらに向かってくる。

 俺はここにくるまでに手に入れた棒で、敵兵士トルーパーを殴る。

 

 敵の動きは、ここ何日かの戦いで良く分かっている。

 こいつら一人一人はそんなに強くない。ただ剣を振りかぶって下ろす、剣を振りかぶって下ろすの繰り返しだ。その動きは緩慢かんまんで、俺でも対応が可能だ。しかし集団で襲い掛かってくる。そこに気をつければ大丈夫だ。


 今みたいにウイングボードに当てられてフラフラしている敵兵士トルーパーなら楽勝だ。

 よし! ミルポが討ち漏らした敵兵士トルーパーを相手にするとしよう。


 そう思っていたら、ミルポがウイングボードに乗ってこちらにやって来る。

「おっちゃん、前へ来いよ」


「へっ?」


 俺は思わず変な声を出してしまった。こちらの考えはお見通しか?


「いや、俺はここでエスティの壁となる」

 俺は両手を広げて、ミルポに猛アピールした。

「壁はいいけど、そこにいると危ないぜ。とにかく前! 前で戦うべし!」


 正直このポジションがいいんだが……。


 ミルポの「危ないぜ」のセリフも気になるな。

 しかたがない、気持ちを奮いたたせて前に行こう。


 俺は敵兵士トルーパーに囲まれないように殴る、逃げるを繰り返す。ミルポのウイングボードも俺に当たりそうで気が抜けない。


 いかん、そろそろ体力の限界だ。

 ハアハアと、肩で息をするようになってきた。

 俺は中折れ帽をおさえた。


「おっちゃん、囲まれるぞ!」

 ミルポの声に、額の汗を拭いながら周囲を見渡す。敵の目的はごま塩コンビより、俺。足が止まれば当然囲まれる。


 前後左右、敵ばかり。

 どうする、ジョナン。


 ザワザワ、と敵兵士トルーパーがざわめいている。

 奥から敵兵士トルーパーを叩き、殴り倒しながらこちらに来る者がいる。

退け! 前を通せ!」

 怒鳴りながらこちらに来る者、アイツには見覚えがある。


「……イケニエ女」


 まさにイケニエ女だ。

 ミルポが俺の横に降り立った。

「アイツがいるってことは、ヨーコ姉ちゃんは……」

「ああ、ヨーコの奴、しくじったな」

 クソッ。ノーラ、オーラは無事なのか?


 イケニエ女は敵兵士トルーパーをかき分け、殴り倒し、前に出て来た。

「見つけたぞ、スライム使い」

 女性にしては低い声。遠くまでよく通る、威圧感のある声だ。


 この声に怯えるのも何回目だ?


「おい、イケニエ女。あいつらはどうなった?」

「あいつら? ああ、安心しろ。あの女は無事だ。私の目的はお前だからな」

「違うわ! 女のことはどうでもいい。スライムさんのことだ!」

 それを聞いたイケニエ女は、何を言っているのか分からない、といった顔をした。

 だがそれも一瞬、いきなりおかしそうに笑い出した。


「ハハハ、これは面白い」

 ひとしきり笑うイケニエ女。

「久々に腹の底から笑ったぞ」

 その時、敵兵士トルーパーの一人が俺に襲いかかろうと前に出てきた。


 イケニエ女はその敵兵士トルーパーを殴り倒した。


「もちろん、スライムたちのことは知っている」


 また敵兵士トルーパーが前へ。イケニエ女は裏拳で倒す。


「すまんな、こいつら勝手なことばかりする」

 イケニエ女が喋っている間も、待ちきれないのか敵兵士トルーパーたちが前に出る。


 その都度つど、イケニエ女が敵兵士トルーパーを殴る蹴る。そして、剣を離れた場所にいる敵兵士トルーパーに投げつける。剣は敵兵士トルーパーの兜に当たり跳ね返る。


 敵兵士トルーパーは状況を理解したのか、もうこちらを襲ってこなくなった。


「さて、スライムのことだったな。ああ、知っているとも。だがここでは……」

 イケニエ女は口をつぐんだ。そしてニヤリと笑った。


「だが、言わぬ」


「おい、知っているなら教えろ。俺はスライムさんが心配なんだ」

「ああ、そうか。そんなに心配か。だったら話してやろうか。スライムさんは……」

 そう言うと、また口をつぐんだ。

 そしてまたニヤリと笑った。


「だが、言わぬ」


「てめえ、完全におちょくってるな!」

 頭にきた!

「落ち着け、おっちゃん」

 ミルポがなにか言っている。


 構うもんか。


 今はイケニエ女からスライムさんの安否を聞くのが先だ。

「言え! スライムさんはどうなった!」

 イケニエ女はそれには答えず、ただ面白そうに微笑ほほえんでいる。


「おっちゃん!」

 バンッと、右ほほを打たれた。

「おっちゃん、頭を冷やせ!」

 今度は左ほほに衝撃がはしる。

 強烈な張り手が俺を襲った。


 効いた。

 頭がクラクラする。

 倒れそうになるのをなんとか耐える。


「あ〜、分かったからなにも言うな」


 俺はミルポが喋ろうとするのをさえぎった。


 イケニエ女の奴、俺を惑わす気だな。

 俺の家で起こった出来事の意趣いしゅ返しか。


 しかしミルポの奴、なかなかに凶暴だ。

 これ以上スライムさんにこだわると、また痛い目にあう。


 これは常識的判断だ。


「やっとやる気になったか」

 イケニエ女はそう言うと、戦闘態勢を取った。


 はっきり言って、今の俺だとイケニエ女に確実に負ける。ここはミルポに頼るしかない。


「弱いおっちゃんは下がってな。ここはうちがやる」

 ミルポはウイングボードに飛び乗った。


 はいはい、うちの子は良くできる子ですよ。

 言い方は心に刺さるがな。


 ミルポはウイングボードを蹴り上げ、飛行体制に入る。様子を見るためか、イケニエ女から距離を取りながら滑空かっくうする。


「ほう、おかしな道具を使う」

 イケニエ女は泰然たいぜんとしている。


 ミルポもぐるぐる回るばかり。おそらく隙がないのだろう。


「なんだ来ないのか。ならばこちらから行くぞ」


 イケニエ女は手近にいた敵兵士トルーパーの肩に飛び乗ると、ミルポに向かってジャンプした。


「えっ」と、ミルポ。

 明らかに油断していた。


 イケニエ女の蹴りがミルポを襲う。

 ミルポはウイングボートをかたむけ、その底面の車輪と車輪の間でイケニエ女の蹴りを受け止める。


 ミルポはからくも体勢を立て直す。


 イケニエ女は敵兵士トルーパーを踏み台にしてからのジャンプ! 再びミルポに攻撃を仕掛ける。


 たまらずミルポは上空へ逃げる。


 イケニエ女の蹴りが空を切る。そのまま敵兵士トルーパーの頭上に着地する。


「今度はこっちが行くぜ!」

 ミルポがイケニエ女に突っ込む。


 だが、イケニエ女はあっさりとミルポをはじき飛ばした。


 ミルポは悲鳴を上げ、俺の足元に吹っ飛ばされる。


「大丈夫か」

 ミルポに駆け寄り様子を見る。

 ……怪我はないようだ。


 イケニエ女、強すぎる。

 どうしよう。次は俺の番か。

 俺は中折れ帽をおさえた。


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