第12話 エスティの実力

 イケニエ女は近づいてくる。


 誰かー助けてー。


「恐れおののけ~」

 背後から声が聞こえた。

 これぞ、天の助けか。天の声にも不思議な声があるものだ。


 この声。おどろおどろしい声。誰の声だ?


 振り向くと、魔法陣が七色に輝いている。

 ということは、エスティの声か。


「おお、ド派手な演出だ! なにが起こる?」

「……ちゃん。おっちゃん!」

 ミルポの声だ。

「おっちゃん! なにかに捕まれ!」

 ミルポはウイングボードに乗ると、急速に俺から遠ざかって行く。


 何をそんなに急いでいるんだ?


 ゴオオオと背後から音がする。


 周囲の物が風で吹き飛ばされる。いや、吸い込まれている?!


 俺は恐る恐る後ろを振り返る。

 エスティの描いた魔法陣が、七色に輝きながら周囲の物を吸い込んでいる。


 俺の身体も魔法陣に吸い寄せられるのが分かる。身体を前かがみにして、足をググッと前に踏み出していけばなんとか耐えられる。一歩、また一歩と風に逆らい前進する。地面に固定されていない植木鉢や物干しざおが、後方へ飛んでいく。


 このままでは魔法陣に吸い込まれてしまう。手近なところに捕まるものはない。俺の身体が宙に浮かんだ。


 マズイ、このままだとまっしぐらに魔法陣に吸い寄せられる。


 俺は街灯の柱をつかんだ。身体が猛烈な勢いで引っ張られる。


 なんて風の力だ。


 アッ、手を離してしまった。

 身体が浮く。

 手をバタバタさせても、足をジタバタしても意味はない。


 俺はダメ元で縄を投げた。

 運が良ければなにかに引っかかるはず。


 やった、手応えアリだ。


 縄は、とある家のベランダに引っかかった。

 この暴風なら、あらゆるモノが吸い込まれるはずだが、建物や街灯などは揺れてもいない。条件魔法の縛りで除外されているのだろう。


 俺の横を敵兵士トルーパーが通り過ぎていく。そのまま魔法陣に吸い込まれる。


 ああなりたくなければ、ベランダまで行くべし!


 俺は手を伸ばし、身体を引っ張る。

 先ほどの戦闘で体力の消耗がいちじるしい。

 ヒイヒイ言いながら、前へ前へと身体を移動させる。


 もう少しでベランダに手が届く!


 その時、俺の視界にウイングボードが!

「おっちゃん、助けに来たぞ!」

 ミルポはなにを思ったのか、俺の土手っ腹にウイングボードの側面をぶつけた。


「げえー」


 胃液が逆流する。ミルポは構わずウイングボードをくるっと回し、再び俺の腹に……。

ウイングボードが俺の腹にぶち当たるたび、俺の身体は上昇を続けた。

 ウイングボードの勢いは魔法陣の吸い込む力を上回ったようだ。


 俺はゲロを吐きながら、遥か上空まで吹き飛ばされた。


 ああ、星がキレイだ。


 今までの人生で、こんなにも星に近づいたことはない。


 これまでの思い出が走馬灯そうまとうのように駆け巡った。スライムさんたちと、あんなこと、こんなこと、あったな……。


 俺は巨大なスライムさんにダイブし、あのプリンプリンの体に受け止められる……。


 ハッとして周りを見る。スライムさんに受け止められたかのように、俺の身体は宙に浮かんでいた。


「よう、おっちゃん。大丈夫か」

 俺の身体の下からミルポの声がする。

「よっこらせっと」

 俺の身体が地上に降ろされる。

 ミルポが俺を持ち上げ、支えてくれていたのだ。


 あの細腕のミルポが?


「まさかこの俺の身体を支えたのか?」

 しかもミルポは涼しい顔をしている。


 さっきの感覚はなんだ。

 宙に浮いているような感覚。

 ミルポの手の感触は一切なかった。


「おっちゃん、何ぼーっとしてんだ」

 ミルポにうながされ、辺りを見渡した。

 地面に固定されていないものは、きれいさっぱりなくなっていた。敵兵士トルーパーはどこにもいない。


 そう! イケニエ女もだ!


 街灯の魔光石は魔法陣に吸い込まれたようで、周囲は月明かりのみで照らされている。


 月光の中、エスティがトトト、と駆け寄ってくる。

「あいつらはどこに行ったんだ?」

「全部エスティが魔法陣に吸い込んだんだ」

 なぜかミルポが誇らしげに言う。


「なに! ものすごい力じゃないか」

 そう称賛しょうさんすると、今度はエスティが「えへへ」と、照れ笑いをした。


「どうだ! 凄いだろう!」

 またもやミルポが自慢する。


「おう、凄いぞ。『恐れおののけ〜』」

 俺はエスティの声真似をした。

「おっちゃん、違うぞ。『恐れおののけ〜』」

 ふざけてミルポも声真似する。

「お前、全然違うぞ。『恐れおののけ〜』」

「もう〜やめてください」

 俺の声真似をエスティが止める。


「しかし、魔法陣に吸い込まれた奴らはどうなるんだ?」

 俺が聞くと、エスティは深刻な顔つきになった。


「物事は一箇所に留まりません。絶えず動いています。今回のことも同様です」


「それで? つまりは……」

「つまりはここに吐き出されます。ただし……」

「ただし?」

 俺が重ねて聞くと、エスティが恥ずかしそうにうつむいた。

「み、身ぐるみはがされます」


「……とにかくここから離れないと」

 この場を離れようとする俺。


 だが俺は異常を察した。


 広場の上空、ちょうど俺がゲロを吐いた辺りの空間が歪んでいく。

 雲も発生していて、月明かりが所々遮ところどころさえぎられる。

 周囲は一気に薄暗くなる。


「カウントダウン、スタート。3.2.1」と、ミルポ。


「今すぐ吐き出されるのか〜」と、俺。


「ゼロ!」


 カウントダウンが終わると、吸い込まれた敵兵士トルーパーたちが、その他もろもろと一緒に吐き出される。


「なんてこった、また戦うのか」と、俺。


 吐き出され、地面に折り重なる兵士たち。だが、様子がおかしい。

 わずかばかりの月明かりで見てみると、兵士たちは服を着ていない。真っ裸の状態だ。

 兵士たちはおのれの姿に気づくと、一目散いちもくさんに逃げてゆく。


「これは一体?」と、俺。


「エスティの魔法陣に吸い込まれると、身につけていたモノが全部脱げちゃうんだ。それに、かなり弱った状態で出てくるんだ」と、ミルポ。


 俺は驚いてエスティを見た。


「これが身ぐるみ剥がされるってことか」

 エスティは相変わらずうつむいている。

「どういった原理かは不明だが、これはイイ!」

 俺はエスティに向かって、ガッツなポーズを取った。


 が、……?


「いや待てよ。奴がいない」

 俺は辺りを見た。肝心かんじんの奴がいない。


「奴って?」と、ミルポ。

「奴だよ、奴!」


 その時、月光を隠していた雲が晴れた。

 その月明かりに照らされたモノを俺たち三人は見た。


 堂々と立つ、女の姿を。

 それはまさに、「戦いの女神」を思わせた。


 俺も、ミルポも、エスティも、魅入られたように立ち尽くす。


「やばい……」


 俺は、声を絞り出して言った。


「奴は、裸でも強い!」


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