第10話 ミルポの実力

「ああ、ノーラ、オーラ……」

「あ〜もう、しつこいよ、おっちゃん!」

 俺がノーラたちを心配しているのに、ミルポは怒鳴ってきた。

「お前には俺の気持ちは分かるまい」

「分かるけど、さっきからもう何回目だよ。……言っちゃ悪いけど、たかがスライムだろ」


 ミルポのその一言に俺はムッとした。


「俺のスライムさんを、そこら辺のスライムさんと一緒にするな。お金と愛情をどれだけ注ぎ込んできたことか」

「なんだ、結局は金か」

 ミルポは「嫌だ嫌だ」とジェスチャーした。

 ミルポの人を小馬鹿にした態度に、俺の怒りのスイッチが入った。

「さっきから聞いてりゃあ、口のき方がなってないな」

「おっちゃんはまったく怖くないからね。だってスライムがいなければ、なにもできないんだから」


 コイツ、俺への評価が異常に低いな。それにスライムさんに対する敬意けいい欠片かけらもないときた。


「おい、ミルポ」

 俺は最大限、ドスを効かせた声を出した。

「な、なんだよ」

 ミルポも俺の態度にビックリしているみたいだ。

「俺に対する評価はともかく、スライムさんに対してはづけをしろ。それが礼儀だ」

「はあ? なんでづけなのさ」

「それが心の交流をした存在に対する礼儀だからだ。それだけは大人としてお前に教えておく」

 いや、いいこと言ったな、俺。


 人間以外のモノ、すなわち人外のモノに対する礼儀を教えてやっとるんだ。


 ミルポは明らかに不機嫌な顔をすると、

「うちはスライムとは心なんか通わなかったぞ」

 しかし、あ〜言えばこ〜言う奴だ。

 自分の非を認めようとしない。


「もうやめて!」

 エスティが俺たちの言い合いをさえぎった。

「お願いだから、もうやめて」

 エスティのその叫びには、明らかにある種の悲しみの色が感じられた。


 俺とミルポは言い合いをやめた。


「大切な者を失う気持ちは分かるよ……」

 エスティはぽつりと言った。


 エスティの悲しみも気になったが、イケニエ女が追ってくるかもしれない。一刻も早くここから移動しよう。


 俺は「向かう先は錬金工場だ」、と告げた。



 俺たちは工場に向かって走り出す。

 俺を先頭にミルポとエスティが続く。

 時々後ろを振り返って、ごま塩コンビがちゃんとついて来るか確認する。


 何も持たず、身軽なミルポ。

 杖を持ち、重そうなリュックを背負うエスティ。

 二人は手をつないで走ってくる。どちらかというと、ミルポがエスティを引っ張っている、という感じだ。


 前方に敵兵士トルーパーがわらわらと現れた。その数、ざっと数えて10人。

 俺たちは物陰に隠れた。


 敵兵士トルーパーは兜・胸当て・剣の三点セットが統一装備だ。俺の調べたところによると、基本的に奴らはガーファ市民だ。借金が払えなくなった市民が一定期間、強制的に兵士にされる。その間はガーファシステムによって管理された存在になる。だからかこいつら敵兵士トルーパーの顔は、みんな死んだように生気がない。一言も喋らない。


「おいおい、イケニエ女だけじゃなく敵兵士トルーパーも現れたのか。城壁の衛兵は何をやっているんだ」

 これだけの敵兵士トルーパーを都市の中に入れるなんて、職務しょくむ怠慢たいまん、減給ものだ。


 しかしマズイな。工場はこの先だ。こいつらを蹴散らさなければ工場にたどり着けない。


「おっちゃん、何とかしろ」

 ミルポが俺に訴えかけてくる。

 エスティは何も言わない。が、こちらを頼るような視線を送ってくる。


 しょうがない。ここは一発、ドカンと行こうじゃないか。


「すまんがスライム切れだ。何もできん」

 一発、ドカンと正直に言ってやった。

「本当かよ、おっちゃん使えない奴だね」

 ミルポの言葉が胸に痛い。が、出来ないことは出来ない。

「……」

 うう、エスティさん、そんな目で見ないで。

 俺は中折れ帽をおさえた。


 待てよ、ごま塩コンビは「神殺し」だったよな。俺が神殺しの二人に指示を出して戦うのはどうだ。これぞ常識的判断!


「お前ら神殺しなんだろ。そうだな、エスティなんとかしろ」

 ごま塩コンビが目を合わせた。そして、こちらに非難の眼差しを向けてくる。


「しょうがないでしょ。今や俺は無力な一般市民です」

 ミルポは「ハアー」とため息をついた。

「エスティじゃ無理だ。しゃーないね、うちがなんとかしましょ」

 そう言うと、ミルポはエスティを見た。


 どうやら二人だけの合図があるらしく、エスティはリュックの中から細長い板を取り出す。ちょうど人一人が乗れるくらいの大きさだ。板には四つの車輪が取り付けられている。


 ミルポはその板に左足を乗せた。

「おっちゃん見てな。ウイングボードの威力を」


 ウイングボード?

 聞いたこともないな。


 考える俺の前で、ミルポは右足で大地を蹴った。

 ミルポを乗せたウイングボードがゆっくりと進みだす。


 なんだ、大丈夫か?


 そのあまりのスピードの遅さに、俺は不安を覚えた。


 これでは子どもの遊びだ。


 ミルポは敵兵士トルーパーの列に向かって行く。

 敵兵士トルーパーがミルポに向かって歩き出す。

 相変わらずゆっくりと、ウイングボードは敵兵士トルーパーに近づいていく。


 両者は戦闘範囲に入った!


 次の瞬間、ミルポは右足を器用に使いウイングボードを蹴り上げた。

 そして空中に浮かんだ板に再び足を乗せる。


 おおー、すごい!


 その見事な足さばきに、俺は素直に声を上げた。だが、本当に驚くのはここからだった。


 ミルポを乗せたウイングボートは宙に浮いたまま、地上に降りてこない。そのまま空を飛んでいる。


 どういう原理だ?


 ミルポは右足のつま先で、ボードの表面をタップする。タップした分だけ、ウイングボードが速さを増していく。


 ミルポはウイングボードの先端を敵兵士トルーパーの顔面に突っ込ませる。そしてウイングボードを回転させ、その回転の勢いで敵兵士トルーパーが吹っ飛ぶ。ミルポは華麗な足さばきでウイングボードを操り、別の敵兵士トルーパーの顔面や後頭部を攻撃する。


 あれだけ高速で突撃すれば、運動エネルギーも大きい。

 それに空中からの攻撃は、敵兵士トルーパーにとっても戦闘経験がないはず。この攻撃は効果バツグンだ。

 いや、これってそもそも攻撃なのか?

 単なるウイングボードの暴走事故のような気もする。


 ともかく俺が感心している間に、敵兵士トルーパーはすべて倒れていた。


 ミルポを乗せたウイングボードは地上に降り立った。

「お疲れ、ミルポ」

 エスティがミルポのところに駆け寄り、タオルを手渡す。

「ありがとう」

 ミルポは誇らしげにタオルを受け取ると、顔や腕の汗を拭う。

 ごま塩コンビはお互いを見て微笑ほほえみ合った。


 こうやって見れば、どこにでもいる普通の女の子だ。


 特にエスティ。


 俺と話す時はムスッとしているが、ミルポと話している時はよく笑う。


「お楽しみのところ悪いが……」

 俺は二人に声をかけた。

「先を急ぐぞ」


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