第9話 ヨーコVSイケニエ女

 ジョナンたち三人が家から出るのを確認すると、ヨーコはイケニエ女を拘束こうそくしていたムチを解いた。

「なぜ? 私のいましめを解いていいのか?」

 それを聞いて、ヨーコは肩をすくめた。

「このままだとムチを引き千切ちぎられるからね」

「冷静な判断だ。怒りは解けたようだな」

「あら、心配してくれるのかい?」

「フッ、お前とはちゃんとした闘いをしたいからな」

 イケニエ女は周囲を見渡しながら、歩き出す。

 ヨーコも一定の間合いを取りながらゆっくりと移動する。


 二人はジョナンの家で一番大きい部屋、「スライムさんの部屋」に足を踏み入れる。


「あのスライム使いと戦うと、どうも調子が狂う。先ほども私の気をそらそうとアレコレ言い訳ばかり。戦士として見苦しいこと、この上ない」

「ま、ああいうところが普通の戦士とは違うところだね。アンタ、あのスライム馬鹿を恨んでいるんだって? そんなに悪いやつじゃないよ」

「そうだな。先ほども私の攻撃から子どもたちを守ろうとしていた。本当のクズではないらしい」


 イケニエ女は改めて戦闘態勢をとる。


「だが、私から大切なものを奪ったことに変わりはない」

「ふ~ん、そうかい」

 ヨーコは身体の前でムチをビーンと張った。

「……先ほども不思議だったが、こんな家の中でムチを?」

 怪訝けげんそうにイケニエ女は言った。

「凡人なら無理さ。凡人ならね。だけど私には……」

 ヨーコはムチをイケニエ女に放つ。


 鉄製のムチは、まっすぐ直線的にイケニエ女に向かう。


 そのムチを、イケニエ女は手にはめた手甲を使い弾き飛ばす。

「ほう、これは凄い」

 常識を超えたムチの軌道に、イケニエ女は驚嘆の声を上げる。


 ヨーコの連続攻撃!


 剣を相手の喉元に突き刺すかのように、ムチの先端がイケニエ女に向かって行く。

 しかし、イケニエ女はことごとく両手でムチを弾き飛ばす。

 弾き飛ばされたムチは棚や壁にあたり、ジョナンの家はボロボロになっていく。


「おい、スライム使いの家がどんどん壊れていくぞ。いいのか」

 ムチを弾き飛ばしながら、イケニエ女は周りを見やる。


 それを聞いても気にする様子もなく、ヨーコはムチを放っていく。


「別にジョナンの家が壊れても良いのさ。ジョナンの借金が増えるだけ。ますますアタシの言うことを聞くようになるよ」

「ほう……借金でね。スライム使いの事情とはいえ、そういうやり方は不愉快だ」

 イケニエ女はわずかに眉をひそめると、前進して間合いを詰める。


「それにしてもアンタ強いね。そんなに強いのに、なぜ生贄いけにえに?」

 ヨーコはイケニエ女を見据えながら、間合いを開けるため後ずさる。


生贄いけにえに選ばれることは、武門の誉れ。私の目標、それは生贄いけにえに選ばれること」

 イケニエ女はさらに間合いを詰める。


「それをあのスライム使いは邪魔をした!」

 イケニエ女は猛ダッシュをかけ、ヨーコに右ストレートパンチを放つ。

 とっさに束ねたムチで打撃を受け止めるヨーコ。

 ヨーコは後方にジャンプして距離をとる。


「自分から死を望むなんてもったいないよ。あのスライム馬鹿に感謝するんだね!」

 ヨーコがムチを上段に振りかぶる。


 ムチは壁際のガラス容器を派手な音を立てて打ち砕きながら、背後からイケニエ女に迫る。


 イケニエ女は瞬時に反応し、背後から迫るムチを右手でつかむ。続いて流れる様な動作で左手を顔の位置に上げ、人差し指と中指を立てる。

 と、背後から音もなく飛んできたナイフをつかんだ。そして振り向きざまに右手をグイッと突き出し、ヨーコのムチを引っ張る。


 イケニエ女の剛力ごうりきに、ヨーコは思わずムチを手放してしまった。


 イケニエ女はムチを手元にたぐり寄せると、自分の足元に放り投げた。

「これでもまだやるかい」

 イケニエ女はヨーコに聞いた。

「あ! やばい……」

 ヨーコはそれには答えず、焦りの声を上げる。


 スライムたちが床に散らばり、苦しそうにのたうちまわっている。


「やっちゃった……」

 スライムはべちゃっと地面に拡がり、だんだんと干からびていく。

「スライムたちを、やっちゃった……」

 ヨーコはぽつりとつぶやいた。


「先程はスライム使いの家を壊すことに、何のためらいも抱いていない様子だったが……」

「……スライムたちは別。こいつらの力こそが、神殺しの力だったのに。それにジョナンはスライムのことになると、アタシの言うことを聞かなくなる」

「……この件は、スライム使いには黙っておいてもよいぞ」

 イケニエ女の提案に、

「うん、黙っといて」

「だが借金でスライム使いを縛るのはやめることだ。いいな」

 イケニエ女が家から出るのを、ヨーコは止めることはなかった。


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