第32話 大作戦開始!

「そろそろだな」



 待ち人来たる。



 久しぶりに奴らが現れた。イケニエ女と敵兵士トルーパーたちだ。



「久々に信号があったので来てみれば、お前たち、いったい何をやっているのだ」


 イケニエ女はあきれ顔だ。



「たまの息抜きも必要でしょ。どうだ、あんたらもやるかい?」


 俺は作業が終了して遊んでいる踊り子さんたちを指し示した。



 そんな俺のおすすめを無視して、敵兵士トルーパーたちが突進してくる。



「おい、なにか変だ。止まれ、止まるのだ」


 イケニエ女が敵兵士トルーパーたちを止めるも、敵兵士トルーパーたちは構わず突進してくる。



「おっちゃん、うちたちの準備は出来てるぜ」


「こっちもです」


 水着姿の二人はウイングボードと杖をすでに用意している。



「おっちゃんの言った通り襲ってきたな」


「でも、水着に着替える必要があったのですか?」


「服が汚れたら嫌だろ! お前たちへの配慮だ」



 俺は常識人だからな。




 ここで俺は、昨日神様と話した計画を思い出した。


 それはいわゆる、「ジョナン死んだふり作戦」だ。



 ――概要がいようはこうだ。



 俺たちがスライムさん捕獲ほかく作戦にいそしむ間に、神様がそれまで止めていた信号を盛大に発する。


その信号をキャッチした敵兵士トルーパーたちは、この湿地帯まで押し寄せてくる。


 俺は大量のスライムさんで敵を撃退する。


 そのどさくさに紛れて、俺はスライムさんと一緒に死んだことにする。


 そして、前もって準備しておいた書き置きを、みんなの目につくところに置いておく。


 俺のことを死んだと思ったみんながなげき悲しみ、さらにその書き置きを読む。



 そこには、これからごま塩コンビが歩むべき道程どうていが書いてある。



 二人はそれを読んで心を入れ替え、今までの非礼をび、俺に感謝し、俺のアドバイス通りに努力するだろう。



 頃合いを見計らって、死んだと思われた俺が登場!



 みんなは驚きながらも、俺の復帰を喜ぶ。



 そして俺の指揮で一気にガーファの魔神を倒す、という段取りだ――




 さて、頃合いはバッチリだ。



 神様とは、俺だけに分かるように精神感応テレパシーのやり取りをしている。このタイミングで奴らが来るように誘導ゆうどうしたのだ。



「お前ら、スライムさんがたくさんの時の、俺の実力を見ろ!」



 俺はエスティに指令を下した。



「はい!」と、エスティはぺしゃんこになったスライムさんと、泉の水を魔法陣に吸い込む。



 ここ数日のトレーニングで、魔法陣に吸い込む方向はだいぶコントロールできるようになってきた。


 そして、魔法陣から発射するタイミングも、バッチリ調整できるようになった。



「いけ〜」



 俺の号令の下、空間が歪み、空中から大量のスライムさんと大量の水が発射される。


 スライムさんは敵の上空で水分を吸収し、みるみるうちに元通り、いやそれ以上の大きさにふくれ上がる。



「そして、落下だ!」



 もちろん俺の号令とは関係なく、スライムさんたちは敵の上に自然に落下していく。



 敵兵士トルーパーたちは、無言でスライムさんたちに押しつぶされていく。



「ハハハ、どうだ! これが俺の強さだ!」



 戦いは終わった。



 これでは「俺が死ぬ」という予定は果たせないが、まあいい。俺の圧倒的な力で、みな俺の言うことを聞くようになるだろう。



「わー、スライムさん強い〜」


「エスティちゃん、頑張ったね」


「ミルポちゃん、バックアップご苦労さま」



 うむ、おかしい。



 どこからも俺への称賛しょうさんの声は聞こえない。


 なにもしていないミルポへの称賛はあるというのに。



 踊り子の連中の目は節穴ふしあなか。


 俺は中折れ帽をおさえた。



 まあいい、スライムさんへの声援は俺への声援ととらえよう。



 ……だが奴がいた。



 スライムさんの上に立ち、戦いの女神のように長い髪をたなびかせ、軍旗をかかげ、これから戦う気満々の――そう、イケニエ女だ。



 今度の胸当ては青色だ。どういう心境か青色の胸当てだ。



「ジョナン! ここで終わりにしようか」


「おうともよ、スライムパワーにあふれた今の俺が、正真正銘しょうしんしょうめいのスライム使いだ。この俺がお前を返り討ちにしてやる」



 ……とは言ったものの、このスライムさんたちは、俺が手塩にかけて育て上げたスライムさんではない。



 赤の他人、いや赤の他スライムさんだ。



 俺の思い通りには動かない。カスリーンが俺の背中に隠れているが、透明になる技とベチャーと広がる技しか使えない。



 ここは頭を使うか。


「ちょっとまて、イケニエ女! お前にも戦う準備が必要だろう。時間をくれてやる」


「? 別に私は今すぐ戦えるが……」


「いや、時間をやる。10分だ。10分お前にやろう」


「別に10分もいらないが……。それでは3分いただこう」


「え……3分だけ? しかたない、まあいいだろう」


 3分で必勝の策を考えなければ……。いやまてよ、俺には切り札があるじゃないか。


俺は中折れ帽を取り、髪をかきあげた。



(もしもし、神様、聞こえるか)


 俺は精神感応(テレパシー)を神様に送る。


 ――何だ。



(あのイケニエ女も、お前の言うシステムとつながってんだろ。神様の力で何かできないのか?

 ――残念だが、それは無理だ。



(なんで!)


 ――確かにイケニエ女もシステムの中に組み込まれていた。だが生贄いけにえに捧げられた時点で、システムはイケニエ女との繋がりを遮断した。だからあいつは今、自由の身だ。



(自由って、あいつは本当に俺への復讐のためだけに、俺を追っているってことか)


 ――まあ、そういうことだろう。逆に、それだけがあの女の生きがいなのだろう。



 イケニエ女と話し合うか?


 いや、それは無理だろう。


 ……分かり合えるはずもない。



 イケニエ女は単純に強い。間合いを詰められたらもうおしまいだ。



(おい、神様。スライムさんに信号を送って、自由自在に操れるって言ったよな)


 ――うむ。理論上、スライムはネットワークで繋がっている。操るのは技術的に可能だ。



(それでは技術的にやってもらおうじゃないか。俺の思った通りに、スライムさんを動かしてくれ)


 ――お主の思念しねんを私が読んで、スライムたちを動かすということか。まあいい、やってみよう。



「またせたな!」


 俺はイケニエ女の返事も待たず、スライムさんを右から左、左から右、前から後、後ろから前、さらには上からイケニエ女を襲わせた。



 大量のスライムさんが、全方位から襲いかかる。大物量作戦だ。



 グシャッ!



「やったか!」


 俺はその音からイケニエ女が潰される姿を想像した。



 ……それはやはり想像で終わった。



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