第33話 大作戦、その結末

 イケニエ女は旗を右から左、左から右、前から後、後ろから前、さらには上へと回し、次々とスライムさんたちを打ち払う。


 旗でスライムさんを次々と打ち払うが、視線は常に俺にある。


 俺に向かって一歩一歩迫ってくる。



 やばい、どんどんと間合いを詰められてゆく。



 ついに、ついに目前まで迫られた。ここは間合いを取らなければ。



 俺は後ろに飛び退いた。



 ヌルッ



 なんと、スライムさんに足を取られて俺は転んでしまった。



 何ということだ、やられる!



 その瞬間、俺とイケニエ女の間にすべり込んできた一つの影。



「おっちゃん、見てられないぜ」


 それはウイングボードにまたがったミルポであった。


「おお、ピンチの時のミルポ! 今回は遅いじゃないか」


「へへ、遅れて悪いなおっちゃん」


 ミルポは白い水着のままだ。



「お前、そんな格好で戦うのか」


「いいんだよ、だってうちの防御は無敵だろ」


「お前……」



 全然俺の言うことを聞いてないかと思ったら、ちゃんと聞いていてくれたのか。



「ミルポ、この前は私の技を全部受け止めていたな。今度はそうはいかない」


 イケニエ女がせまってくる。



「それじゃあ、もう一度やってみようかな~」


 ミルポはウイングボードを降り、構える。



 イケニエ女は手にした軍旗を振り回し、ミルポに横殴りの打撃を与えようとする。



 ミルポには直接的な打撃は効かない。



 案の定、ミルポが拳を打ち付けると、イケニエ女の軍旗はピタリと止まる。



「やはりか。ならばこれだ」



 イケニエ女は軍旗を一回ブルンと振り回すと、旗がパタパタとひるがえった。よく見ると、旗は人一人包み込めるぐらい巨大だ。



 イケニエ女は軍旗をくるくるっと回した。



 旗はミルポを絡め取り、そのまま持ち上げる。



 イケニエ女は腕を上げ、己の頭上で軍旗をグルグルと回す。旗の中にはミルポがいるのに、意にかいさず回す。



 何回も何回も。



 俺は目の前の光景をあ然として眺めていた。



 イケニエ女は振りかぶると、旗を放り投げた。



 軍旗は遠く離れた地面に突き刺さった。



 パラッと、ミルポを包んだ旗がほどけ始める。


 ミルポがそこから転がり出た。ピクリとも動かない。



「ミルポ!」


 俺はミルポに呼びかけたが、ピクリとも動かない。



 まさか死んだんじゃ。



「安心しろ」


 俺の心を読んだかのように、イケニエ女は言った。



「旗の中で高速回転されて、気を失ったのだろう。旗と一緒に地面に激突したが、あれぐらいで死ぬタマじゃない。私にはミルポを殺す意思はない」



 そう言うと、イケニエ女は俺を見た。



 その瞳は、何かを訴えているようにも見えるが……。



 いや、ジョナン。戦いに集中しろ。



 後方を見ると、しっかりと普段着に戻ったエスティが、今まさに魔法陣を完成させようとしていた。



 俺が合図すれば、魔法陣を発動できるはずだ。



「よし、発動しろ!」


 俺は合図を送り、サッと退く。



「恐れおののけ〜」


 エスティが魔法陣を発動させる。



 猛烈な勢いで、魔法陣が周囲のものを吸いこみ始める。その方向の先には、イケニエ女。



「同じ手は二度と食わん」


 イケニエ女がさっと後ずさり、風の範囲から逃げようとする。



 エスティはそんなイケニエ女を追って、魔法陣の吸い込み角度を変えていく。



 それだけエスティの魔法技術が上がっている証拠だ。



 あと少しで、イケニエ女をとらえられる。



 やった! これでイケニエ女は魔法陣に吸い込まれる。



 と思ったが、イケニエ女は手にした何かをシュッと投げた。


 投げた物は魔法陣の方に吸い込まれてゆく。



 あいつ、一体何を投げた?



 イケニエ女の投げた物が、魔法陣のそばで爆発した。



「魔弾か!」



 爆発の威力で魔法陣の一部が削り取られた。



 俺に準備する時間があったんだ。イケニエ女も準備しない訳がない。


 俺は中折れ帽をおさえた。



「いけない!」


 エスティの叫び声が聞こえた。



「止められない!」



 エスティを見ると、杖を地面に突き立て魔法陣を制御しようとしている。



 しかし、魔法陣は怪しく輝いている。



「大丈夫か!」


 俺はエスティの元へ駆け寄った。



 エスティの額には汗が浮き出ている。


「ジョナンさん」



 エスティの声から、状況がかなり悪いことが分かる。



「魔法陣はどうなっているんだ?」



 俺はイケニエ女を目で追いながら、エスティに聞いた。



 イケニエ女は様子を見るためか、こちらには向かってこない。



「魔法陣の一部が欠けて、コントロールが効かなくなっています。これでは最悪、この魔法の威力そのものが変わってしまいます」


「それって、今までは吸い込まれた奴は無事に出てこられたが、今回は危ないかもしれないってことか」


「危ないです」


「あっ」


 俺は目を見張った。



 ミルポだ。



 ミルポのいる辺りが吸い込まれ始めている。


 ミルポはまだ目覚めていない。このままではミルポが吸い込まれる。



 俺は駆け出していた。



 ミルポの身体が宙に浮いた。



 魔法陣の吸い込む力も相当強い。その中を俺が突っ込んだら、ミルポを助ける前に俺も吸い込まれてしまう。



 ここはスライムさんたちの出番だ!



(神様、俺の考えが分かるな!)


 ――あの小娘を助けるのだな。



 俺は手を伸ばし、たまたまそばにいたスライムさんに触れた。



 スライムさんはスライムさんとくっつき、そのスライムさんは隣の隣のスライムさんとくっついていく。


 スライムさんは数珠じゅずつなぎにどんどんくっついていく。


 繋がったスライムさんはぐんぐん伸びてゆき、ミルポにたどり着いた。



「ウォーリャー」


 通常の力では動かすことはできないと思うが、俺はスライムさん達の力を借りて、ミルポを風の圏外に放り投げた。



 投げた先にはイケニエ女がいる。



 イケニエ女は放り投げられたミルポを見事キャッチした。


 イケニエ女は呆然ぼうぜんとしてこちらを見ている。



 今度は俺が投げられる番だ。



 数珠繋ぎのスライムさんの力で、俺はイケニエ女の手前に放り投げられる。



「痛い!」


 見事着地に失敗し、俺は盛大に尻もちをついた。



 尻をさすりながら立ち上がると、イケニエ女と目があった。



「名前は?」


 自然とセリフが口からあふれ出た。



 しばらく間があったが、


「リーニエだ」


 と、イケニエ女は答えた。



「リーニエ、ミルポを頼んだぞ」



 そう言った瞬間、俺は魔法陣に吸い込まれていった。



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