第34話 あの世

 ここはどこだ。俺はどうなった。



 周りには何も無い。



 いや何も無いわけじゃない。


 地表は水で満たされている。


 俺の足元を満たすくらいの水の量だ。


 俺はバシャバシャと足元の水を鳴らしながら歩き出す。


 なぜか水の冷たさは感じない。



 なんだ、この世界は。



 遠くに気配がある。



 この気配はなんだ? 何か懐かしいこの気配……。



 丸くて、プリンプリンの軟体生物。


 各個体、それぞれ色とりどりな外見。



 やはりスライムさんだ。



 お前たち、こんなところに居たのか。


 元気だったか? 風邪はひいていないか?


 仲良くしているか? ひもじくないか?


 ああ、俺が悪かった。


 俺がお前たちのチカラを試したいばかりに、皆死なせてしまった。


 だがお前たちを復活させる方法があるんだ。


 希望を持て。



 希望を……。



 ――おい、ジョナン。


 希望を……。



 ――起きろジョナン。


 誰だ、感動の再会を邪魔するのは。



 ――起きろ。



 意識が遠くなって行く。





 ――気がついたか。


 神様の声が聞こえる。



(あれ、あれは夢か幻か。神様が起こしてくれたのか)


 ――起こした、とは言えないな。なぜならここはあの世だからな。


(俺は一体?)


 ――だから言っただろう。お主は死ね、と。


(死んだ? どうやって?)


 ――お主、ミルポを助けただろ。



 そうだ。俺はミルポを助け、あのイケニエ女……リーニエにミルポをたくした。



 そして……そして……。



 そこから先の記憶がない。



 ――お主は魔法陣に吸い込まれた。通常だったら、その魔法陣から吐き出される。死にはしない。だが、あの時は魔法陣の効力が変わってしまった。そして魔法陣に吸い込まれたお主は……死んだ!


(そうか……俺は死んだのか。思えば俺の人生もそれなりに色々あったな。けど、最後はいいことをしたと思うよ。心残りはアイオンを助けられなかったことだ)



 待てよ。ではさっきの一面水の世界は何だったんだ。



 俺は神様に、先ほど見た世界のことを説明した。



 ――それはスライム世界だな。


(スライム世界?)


 ――そうだ。スライムの本体が集まる世界だ。ワシもその世界にアクセスしたことがある。お主、死の間際にスライム世界に迷い込んだな。



 せっかくスライム世界に行けたのに、俺は死んだのか。なんてもったいない。



 悔しいな、俺の願いがかなったというのに。



 ――さてジョナン。お主はあの後、皆がどうなったか知りたくないか?


(それはぜひ知りたい! 俺には事の顛末てんまつを見届ける義務がある)




 ――これはイケニエ女……リーニエが、ミルポをエスティに引き渡した場面だ。



 眼の前にリーニエやごま塩コンビが映し出される。



 リーニエは、どこかおだやかな顔をしている。



(リーニエは、おとなしくミルポを解放したのか?)


 ――おとなしく返した。お主が死んで、邪気が身体から抜けたとみえる。


(よく言うよ。まあ俺が死んで、執着しゅうちゃくしていたモノがきれいさっぱりなくなったかもしれないな)



 そう考えれば、リーニエにとって、俺という存在はとてつもなく大きかったということか。




 ――こちらは、リーニエがおとなしく去る場面だな。



 眼の前でリーニエが立ち去っていく。


 どこかその後ろ姿が寂しげだ。



(リーニエはどこに行ったんだ)


 ――ワシにもそこまでは分からない。興味もないね。


(ガーファの住民だったんじゃないのか。薄情はくじょうだな)


 ――前にも言っただろ。あの女は生贄いけにえにされた時、もう街のシステムからは外れたのだ。そんな奴のことは知らんね。



 コイツ、たいした神様だな。




 場面は切り替わり、ミルポが映し出される。



 服装は水着ではなく、いつもの半袖短パンに戻っている。



(あいつは何をやっているんだ)



 ミルポは盛んにウイングボードを乗り回している。俺の見ている前で、ウイングボードで空中を飛び、グルグルっと身体をキリモミ回転してみせた。



 明らかにボード乗りのテクニックが上達している。



(あいつ、相変わらずウイングボードを乗り回してるんかい)


 あれほどだと教えたのに。


 ――いや、そうでもないようだ。



 ミルポはウイングボードから降りると、地面に打ち付けた棒に向かって、パンチ、キックの練習を始めた。



 何回も、何回も。



 ――あの頑張りを見ろ。ワシのも悪くはないだろう。


(だからって、本当に死んでしまったら意味ないだろ。何だ? 笑い事で済むか)



 だが、ミルポ。お前のがんばりはしっかりとこの目に焼き付けたぞ。




 次に踊り子さん達が映し出される。



(おいおい、こんな奴ら写してどうするんだ)


 ――まあまあ、見ていな。



 踊り子さん達は一生懸命踊っている。



(踊り子だから、踊るのは当たり前だろう)


 ――まあまあ、よく見てみろ。



 神様の言葉通り、踊っている踊り子さんの脇で、ごま塩コンビが祈っている。



(これは何だ)


 ――お主の無事を祈っての踊りだぞ。


(どういうことだ)


 ――つまりは、お主の死体が見つからなかったってことだ。


(じゃあ、俺の身体はどこに行ったんだ)


 ――はて? 魔法陣の中をただよっているのではないか?


(お前、神様のくせに何も知らないのか)


 ――だからワシ、神様じゃないって。元人間。




 今度はエスティを映し出す。部屋にこもって必死に魔導書をめくっている。



 魔法陣の勉強でもしているのだろうか?



 ――エスティは今回のことで、かなり責任を感じているらしいぞ。これを見ろ。




 場面が切り替わり、そこには泣き崩れるエスティを、周りが盛んに慰めているシーンが映し出される。


俺が魔法陣に吸い込まれた直後だろうか?



 ――自分の魔法陣でお主が死んだことが、ショックだったのじゃなかろうか。



 エスティ、お前は悪くないのにな……。



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