第31話 大作戦の前準備

「オラオラ、そっちだ。そっちのスライムさんを取れ」



 俺の指示で踊り子さんたちが動く。



「嫌だ〜ヌルヌル動く」


 いたる所で黄色い歓声が上がる。



「おい、そこのごま塩コンビ! スライムさんを捕まえる手伝いをしろ!」



「どうしてこうなったんだ?」


 ミルポがあきれたようにつぶやくのが聞こえる。



今朝けさ説明しただろ、スライムさんが大量発生したんだ。これは一世一代、千載一遇せんざいいちぐうの好機なんだぞ」


「でも、なぜ踊り子さんを雇ったのですか?」



「エスティ君、その疑問はもっともなことだ。この一大事、誰かの記憶に残ることが必要なのだ。だから皆で盛り上げるのだよ」



「うーん、イマイチよく分かりませんね」


 エスティが首をかしげる。



「まあ、いいんじゃない? みんな楽しそうだぜ」


 ミルポはどこか上機嫌だ。




 夜、神様に会ってから、朝を待って踊り子たちを雇い、もろもろの準備を終えて、お昼過ぎにこのイベントを迎えた。



 われながら素早い動きだ。



 神様と別れてからここまでおよそ半日の早業はやわざだ。



 ごま塩コンビも訳が分からないままの参加だ。



 やはりケンカしたあとは、突発的なイベントに限る。



「しょうがない、やるか〜」


「ハイ、しょうがないのでやりましょう」


 ごま塩コンビも踊り子たちの頑張り&意外に楽しげな光景に、やる気が出てきたようだ。



「やっとやる気になったか。よし、踊り子さん、こちらへ」


 俺の呼びかけに、踊り子さんの一人が手提げ袋を持って駆け寄ってくる。打ち合わせ通りだ。



「ジョナンさーん、言われた通り持ってきたよ」


「おう、ご苦労。さ、ごま塩コンビ、選んでくれ」



 踊り子さんが、袋から色とりどりの服を取り出す。



「なんだ?」


 ミルポがその服を受け取る。



「なんだよ、これ水着じゃないか」


「ええっ」


 ミルポの声に驚くエスティ。



「ああそうだ。ここには泉や沼がある。水に濡れると大変だから、踊り子さんに水着を用意してもらった」



「色々あるよ、ハイレグからセパレート。色も白から黒までよりどりみどり」


 踊り子さんは得意げに言った。



「……踊り子さん、水着ってこんなに多彩な種類があるのだな。俺にはよくわからないが、正直良くやった」


 俺は踊り子さんを褒めたたえた。


「そうでしょ。ほらあなた達、さっそく着てみて」


「着るっていったって、ここで?」


 踊り子さんのおすすめに、ミルポは困惑こんわくして答える。


「ハハハ、心配ご無用! あれを見ろ」


 俺は泉の横にあるテントを指さした。



「踊り子さん特製、衣装の着替え専用テントだ。こんな時のための踊り子さんでもあるのだ」


「なんだか、今回のジョナンさんは用意周到よういしゅうとうですね」


「そうか? 俺はいつだって用意周到、準備万端じゅんびばんたんだ」


 エスティにそう言うと、俺は踊り子さんに指示してごま塩コンビをテントに案内させた。



 待つこと、三十分


 俺は中折れ帽をおさえた。



「遅い! お前ら遅すぎる。踊り子さん、どうなっている!」



 テント前で怒鳴ると、テントの入口から踊り子さんが顔だけを出してきた。



「ジョナンさーん、あまりかしちゃダメよ。この子達も頑張っているからね」


「なにを頑張っているんだか。早くしろよ」



 俺が文句を言うと、踊り子さんの顔の下から、ミルポの顔が出てきた。


「うるせえぞ、おっちゃん。少しは待てないのか」


「充分待ったわ! 長いんだよ!」



 俺の文句に対して、今度はエスティの顔が出てきた。


「すいません、ジョナンさん。私たち、こういった経験は初めてなのです。だからおとなしく待っていてください」



 三人にジッと見つめられる。


「分かった分かった。待ってやるよ」



 待つこと、さらに三十分。


 俺は中折れ帽をおさえた。



「だぁー、さすがに遅すぎるだろ」


 俺が再び怒鳴り込もうとしたその時、テントの幕が開いた。



「お待たせしました~」


 踊り子さんの嬉しそうな声と対照的なごま塩コンビ。


 ミルポは怒り心頭、というような表情だ。



 水着は白いビキニタイプ。しかも肩ひも無しだ。日焼けした肌と白い水着。これは誰の趣味だ?


「お前、なに怒っているんだ?」


「別に。ただエスティがグズグズしているからさ」


「なんだお前ら、まだケンカしているのか」



 一方のエスティは、こん色の水着に……、なんだ? 水着の上になにか着ているぞ。



「これはなんだ?」


 俺が聞くと、


「これはラッシュガード。主に日焼けを防止する機能があるよ。エスティさんは肌が白いので、着てもらったよ」



 踊り子さんの説明だ。



 エスティはというと、なんだか震えている。



「なんだ、どうした」


「さ、寒いです」


「寒い〜? 今日なんて絶好のスライムさん日和びよりだがな」


「良くわかりません……」


「ま、動けば温まるだろう」


 さて、準備はいいかな。




「さあ、踊り子さん達、集めたスライムさんをこのおけに入れるのだ」



 俺は今朝、市場いちばで買ってきた桶を皆に披露する。ワイン造り用の、ぶどうを踏むための大きい桶だ。



 踊り子さん達はキャアキャア言いながら、スライムさんを桶に入れていく。



「スライムさんを入れたら上から踏んでくれ」


 俺の言葉に、


「え〜スライムたち大丈夫なの?」


「痛くないの?」


 踊り子さん達のギモンの声。



「大丈夫だ。スライムさんには痛みを感じる機能はない。人間の足で踏んでも、体内の水分が抜けるだけで死にはしない。また水分を与えれば復活するぞ」


「じゃぁ、やるー」



 ウム、踊り子さんは聞き分けが良い。まあ、お金も渡してあるので当然か。



「つぶしたスライムさんは、乾いた場所に集めて置いてくれ」


 踊り子さんに指示を出すと、俺はごま塩コンビを捜した。



 ごま塩コンビは泉に入り、スライムさんを集めている。昨日までの険悪けんあくムードはどこへやら、楽しそうにスライムさんを集めている二人。



 このまま同じ時間を過ごせば、良い信頼関係を築けるんじゃないか?



 ふと、そんな考えが頭に浮ぶ。



 ……いや、それはありえないな。



 俺は一刻も早くアイオンを助けなければならない。



 俺はごま塩コンビを呼び止めた。



「お前たちにはやるべきことがある」



 俺はごま塩コンビに指示をだした。



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