第三章 少女の想い

第21話 ぬくもりを感じながら

「ヨーコ、出てこい。ヨーコ」


 おっちゃんはまだわめいている。


 呼んだってヨーコ姉ちゃんが来るわけないのに。



「ミルポ」


 エスティがおっちゃんの方を見た。



 はい、わかりました。


 エスティの言いたいことはすぐわかる。



「はいはい、おっちゃん、戻ろうぜ」


「ジョナンさん、戻りますよ」


 二人でおっちゃんを坑道に押し戻す。



 さっきより抵抗が弱い。


 きっとショックなんだろうな。


 これでおっちゃんのスライム……じゃなかった、スライムさんはみんな死んだんだっけ?


 ああ、ガーファに一匹、まだ残っているのか。


 そう思うと、おっちゃんの助けをしてもいいかな〜とも思う。



 おっちゃんを坑道まで押し戻すと、おっちゃんは「寝ろ」と一言。


 さっさと自分一人で寝てしまった。


 そして、あっという間に寝息を立て始めた。



 あーあ、寝ちゃったよ。


 岩の壁にもたれてグーグー寝ている。身体は痛くないのか? それより、頭のキズは大丈夫? あ、そういえばお腹にウイングボードをぶつけて、顔にビンタもしたか。



「私たちも少し寝ようか」


 エスティに言われて、一晩中動いていたことに気づく。色んなことがあって、おっちゃんとずっと一緒にいたような気がする。



 いつの間にか地面に細長い織物おりものが敷いてある。エスティがリュックから出したんだ。


「うわー、エスティのリュックからはなんでも出るな」


「ヘヘっ、そうでしょ。もう一枚あるよ」


 エスティはリュックから毛布を一枚取り出すと、うちを手招きした。


 うちとエスティは横並びに敷物の上に座ると、お互い身体を寄せ合って毛布をかける。



 あったかい。



 エスティのぬくもりが伝わってくる。


「……あの時もこうやって二人で温まったよな」


「あの時? ああ、ミルポと初めて会った時のこと?」


「そう。あの時、ヨーコ姉ちゃんに連れられて精霊使いの村に向かったんだ。そしたら村は大火事で、たくさんの人が……。エスティを助けられたのも、運が良かったんだよ」


 エスティを見ると、なにかを考えているようで、黙っている。


「ごめん、こんなこと思い出したくもないよな」


「ううん、いいの。今考えていたことは、別のことだから」


「別のこと?」


「うん。ミルポ、リーニエさんの言ったこと覚えている?」


「リーニエ姉ちゃんの言ったこと? 何だっけ?」



 うーん、リーニエ姉ちゃんの言うことは小難しくて、あまり頭に入ってこなかったんだよな。



「お茶とかお菓子の話をしたよな」


「うん。話したけどそのことではないよ」


「お茶のできた場所とかお菓子のお土産の話とか……」


「うん。お茶の産地はパキスタ、お菓子は有名なお土産になっているって話したけど、その話ではないよ」



 うーん。他に何を話したかな。素直にわからないと言おう。そのほうがエスティも答えやすいな。



「じゃあ、わからないな」


 エスティはヤレヤレ、といった顔をした。


「私たちの村を襲った魔神のことだよ。リーニエさんは『神々の総意にもとづく』って言っていた。覚えている?」



 うーん、言ったような言わないような。覚えていないな。



「ちょっとわからないな。それがそんなに大事なこと?」


「大事なこと。つまりガーファやアルカナや他の都市が一緒になって私たちの村を襲った。または襲うのを見逃した、許した……。ジョナンさんがガーファの神殺しをするのは、ヨーコさんの命令でしょ。そのヨーコさんって何者?」



 ヨーコさんは何者?


 強い人ではあるけど、正直何をしている人なのかわからないな。



「うちたちを助けてくれた、恩人じゃないの?」


「私たちを助けるのだって、タイミングが良すぎだよ。よく考えて。ふらっと現れて、都合よく神殺しの子どもを助けた。おかしいよ」



 確かエスティを助けたときは、いきなり出かけて、いきなり村が襲われていて、いきなりエスティの隠れていた場所を見つけたような。前もって村が襲われるのを知っていたってこと?



「でも考えすぎじゃないか? 本当に偶然助けたかもしれないし。リーニエ姉ちゃんの言葉を信じる理由もないだろう?」


「そうだね、こちらを惑わすための、リーニエさんの作戦だったかもしれないし。でも、リーニエさんは信じられそうな大人だったから。ヨーコさんは、怖い大人」

「それには賛成。ヨーコさんは怖い」



 ヨーコ姉ちゃんには、怒ると何をしでかすかわからない怖さがある。



「グーグー」


 これはおっちゃんのイビキだ。



「おっちゃんはどんな大人だ?」


 するとエスティは難しい顔をした。


「ジョナンさんは……。そうね、頼りない大人」


「だから、おっちゃんの願いを断ったのか」


「でもちょっとかわいそうだね。スライムさんは死んじゃったし」


「それにここでおっちゃんと分かれたら、後でヨーコ姉ちゃんから何されるか分からないぜ」


「あと、ジョナンさんに着いていけば、リーニエさんと会えるかも」


「それじゃあ」


「うん、もうしばらくジョナンさんに付いていこうか」


「そうだぜ、ここで分かれたらおっちゃんがかわいそうだ」


「……」


「ああそうだ。もう一つあった」


「……」


「スライム馬鹿な大人」


「……」


「エスティ?」



 見ると、エスティは寝息をたてている。


 エスティも疲れていたんだね。


 うちも寝よう。エスティの隣で。



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