第22話 夢・ウイングボード

 燃える家。逃げ惑う人々。敵兵士トルーパーたちが次々と村の中に入ってくる。


 これは夢? なぜか、これは夢だとはっきりとわかる。目の前に髭面ひげづらのガッチリとした大人が現れた。


 父ちゃんだ。うちの父ちゃん。もうこの世にいない、うちの父ちゃん。


「ミルポ、ここにいなさい。ここから出ちゃいけないよ」


 なにか喋らなきゃ。だけど、言葉が出てこない。そりゃそうだ。これは夢だもの。



 ここから先の結末を、うちは知っている。だけど止めたい。でも言葉が出ない。



 父ちゃんは行きかけて、また戻ってきた。


「必ず助けが来る。だからここにじっとしているんだ」


 そうだ、確かに助けは来たんだ。でも、それは父ちゃんじゃなかった。



 外の音がしなくなった。



 うちは待った。父ちゃんの言う通り、助けが来るのを待った。



 突然ドーンと地面が揺れ始めた。


 うちは思わず外に出る。



 あれ? こんな場面あったっけ。



 目の前にいるのは巨大なスライムさん。



 でかい!



 スライムさんは大きくふくれるとうちにのしかかってきた。


「うわー」



 あ、やっと声が出た。



 そこで目が覚めた。



 重い。



 うちの上に、エスティがおおいかぶさっている。


 エスティ、また太ったのか。いや、それを言うと怒るから、太ったんじゃなくてまだまだ伸び盛り。



 そういえばお腹減ったな。





「食い物はないぞ」


 おっちゃんからいきなりの無情な宣告。



 食べる物、ないのか。



「街に戻れば何かしら手に入るが、イケニエ女とバッタリする可能性大だ。次の街まで我慢がまんしろ」



 おっちゃん、あっさりと言うな。


 これは大問題だぜ。



「食べ物なら少々ありますよ」


 エスティがリュックから何か取り出した。



 これは、リーニエ姉ちゃんと一緒に食べたお菓子ではないか。



「昨日、工場の休憩室に行った時に勝手に拝借はいしゃくしてきました」


 違うだろ、エスティ。本当はリーニエ姉ちゃんからもらったんだ。あ、違うか。工場にあったのか。でもまあ、おっちゃんに本当のことは言えないか。


「数はないですけど、みんなで分けましょう」


 エスティはお菓子を三つに分けた。


「いいのか。それじゃあ遠慮なく」


 おっちゃんは三つ並んだうちの、一番大きいお菓子を取ろうとする。



「なんで大きいのをとるんだよ」


 思わず声が出てしまう。



「俺が一番でかいんだから、大きいのを取るのは当然だろう」


 おっちゃんは食べ物を分けてもらう立場だろうが。少しは遠慮えんりょしろ。



「しかもこっちはケガ人なんだ。少しは栄養補給させろ」


「こっちだって伸び盛りなんだ。おっちゃんが遠慮えんりょしろ」


 うちとおっちゃんの言い合いは続く。



「ジョナンさん」


 エスティのいつになく厳しい声。


「な、なんだ」


 おっちゃんも少しビビっている。


「一番大きいのをあげますから、みっともない真似は止めてください。私たちの中で、ジョナンさんは一番の大人なのですから。これからも一緒に行くのですから」



 うん? 一緒に?



「そうか、一緒に行ってくれるか。ありがとう、エスティ。ありがとう……」


 おっちゃんはエスティの手を取った。


 手を握られたエスティは、ギョッと身体を固くする。



 おっちゃんは……泣き出した。



「ありがとう。これでアイオンを助けられる。ありがとう」



 本物だ……。おっちゃんのスライム愛は本物だ……。



「ジョナンさん、泣かないで。みんなでアイオンを救いましょう。泣くのはその時ですよ」


 エスティの目にも涙が見える。



 まずいな、これは。



「おっちゃん、必ずアイオンを助けようぜ。うちもがんばる」


「おう、ミルポ。頼りにしているぞ。そら、これはくれてやる」


 おっちゃんはお菓子をうちの前に置いた。


「ジョナンさん、別にお菓子をあげなくても」


「エスティ、いいんだ。これは俺からの感謝のしるし。さ、ミルポ。お食べ」


「ジョナンさん、優しいですね」



 なんだ、これは。



 もともとこのお菓子はエスティが持ってきたものだろ。それを自分の手柄みたいに言って。


 エスティも優しいなんて、簡単に言うな。



 まずいな、これは。



 うちはお菓子を……食べた。


 リーニエ姉ちゃんが来たら、戦えるのはうちだけだ。そのためには食べないと

ね。





「いいか。食べながら聞け」


 おっちゃんが話しだした。


「俺は一度魔神と戦った。結果は俺の圧勝あっしょうだ。が、今はスライムさんがいない。何か対策が必要だ。一人一人の力で戦っては勝てない。三人協力して戦うんだ。ミルポ、お前は巨人族の末裔まつえいと言ったが打撃力は限りなくゼロだ。イケニエ女との戦いでも相手にダメージを与えられなかった。それはなぜだ?」


 おっちゃんは一旦話をやめ、うちを見た。



 エスティがうなずいた。


 隠したってしょうがない。



「それは……。巨人族に呪いがかけられているから」



 そう言った途端、悔しさで全身が熱くなった。



「そうか、呪いか……。お前の体つきを見ると、特に肉体的な問題はないように見えた。具体的に呪いとは、どういう状態だ」


「攻撃する時、自分では物凄い力が出ているような気がする。だけど、何か空気のかたまりみたいなものが邪魔するんだ。だから、うち達はウイングボードを小さい時から練習して、乗り方をマスターするんだ。呪いを利用して空を飛ぶんだぜ」

「空気のかたまりを利用して空に浮くのか。そしてウイングボードで攻撃する。ボードでの突撃は呪いの発生条件からは具合に外れている……。そんなところか」



 驚いた。


 おっちゃん、けっこう頭が良いな。



「呪いの正体はさておき、ミルポが攻撃すると、それを中和させる何かが働く。そこで……」


 おっちゃんはわざとらしく一呼吸置いた。


「そこで、その呪いを利用する」



 呪いを利用する?


 なんのことかわからず、エスティと顔を見合わせる。



「コホン、コホン」


 おっちゃんがこちらを見ろと、咳払いをする。



「先ほどのイケニエ女との戦いを思い出せ。ミルポが攻撃すれば、相手を倒さなくても、相手から倒されることはない。つまりは、相手の攻撃はミルポのその呪いによって中和され、威力を失う。ミルポが攻撃している限り、お前は最強の盾となる」



 そうか、だからリーニエ姉ちゃんと戦えたのか。あの時は無我夢中むがむちゅうだったからよくわからなかった。



 うちは、リーニエ姉ちゃんと同レベルか!



「だからウイングボードはもう使うな」



 へっ、今なんて?



「ウイングボードが壊れたんだ。ちょうどいいだろう」


「ウイングボードは小さい時から一生懸命練習してきたんだ。それをいきなり使うな、だなんて……」


「イケニエ女には通用しないって言っているんだ。ボードを練習するくらいなら、打撃を練習するんだ。それが正しい努力の仕方だ」


「なんだ、偉そうに……」


 でもウイングボードがリーニエ姉ちゃんに通用しないのも本当だ。



 なにか胸の中がモヤモヤする。


 けど、なにも言葉がでなかった。



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