第26話 エスティの想い

 ミルポは一人、宿から出て行った。


 

 私は魔導書を広げた。


 あの吸って吐く魔法陣は私の失敗作。


 本当は石でできた巨人、ゴーレムを召喚する魔法陣。


 私の何がいけないのか、精霊も呼び出せない、あんな魔法陣になってしまった。



 あの時は、ジョナンさんの言葉につい従ってしまったけれど、本当にいいの?



 ジョナンさんは今のままでいいと言うけれど、それは私に対する侮辱ぶじょくだ。



 失敗作をみがいてどうなるの? 失敗作はどこまでいっても失敗作。



 私と一緒だ。



 

 開いた魔導書のページを見る。


「あっ、またこのページ……」


 無意識のうちに、いつも開くページをめくってしまっていた。


 それは、とある精霊を呼び出すためのページ。


 それは、探し物を見つける精霊。


 私がなくしてしまったものを探したい。


 でも、それにどんな意味があるのだろう。


 

 ダメですね。考えがまとまらない。


 そんなムダな時間を、意味もなく過ごしてしまった。




 ミルポが帰ってきた。


 今朝はケンカ別れのようになってしまったけど、うん、ここはサッサと仲直りしよう。



 階段を降りて、ミルポを迎えに行く。


 あ、ミルポとジョナンさん。



 ……雰囲気が違う。



 二人が笑いながら冗談を言い合っている。私がいない間になにかあったのかな?



 私が階段で立ち止まっていると、ミルポより先にジョナンさんがこちらに気づいた。



「エスティはここで魔法の勉強をしていたのか?」


「ハイ、そうですね」


「調子はどうだ」


「まあまあですね」



 自分でも素っ気ないと思う。けど、二人の距離が気になる。



「はいはい、おっちゃん。エスティは勉強で疲れているんだ。話はこれくらいにして」


「おい、俺は全然喋ってないぞ」


「いいからいいから」



 ミルポは私を上の階に押し上げる。



「ちょっと、ミルポ」


 私が文句を言うのも構わず、ミルポは私を押し上げる。


「明日の朝降りるからね~」


 ミルポはそう言うと、私と二階の部屋に入った。






「ちょっと、ミルポ。何なの」


 部屋に着くとミルポに文句を言う。


「ちょっとぐらいジョナンさんと話してもいいでしょ」


「あー悪い。今日はおっちゃんとは話さない方がいいよ」


「なんで」


「おっちゃん、スライムさんが見つからなくて、すごく気が立っているから……」


 ミルポの説明からは、スライムさんが見つからないのは本当のようだ。だけど、気が立っているようには見えなかったけど……。



「それよりさ、リーニエ姉ちゃんに会ったよ」


 リーニエさんに? それは気になる。


「なんだって?」


「返事は待ってくれるみたい。でもおかしい。以前のようにおっちゃんを必死で追っている感じじゃないんだよな」



 確かリーニエさんは、ジョナンさんのことをものすごく恨んでいた訳じゃないよね。色々と難しいことを言っていたけど、私はそう思う。



「これから会いに行ってみる?」


 ミルポに提案する。


「もう夕方だよ。明日にしないか?」


「でも、明日の朝にはここから出立しゅったつするかもよ」


 私の言葉にミルポは少し考えて、


「そうだね、行こう」



 私はそっと一階の様子を見る。一階は飲み屋になっていて、お客さんが入り始めている。



 確かジョナンさんはお酒を飲まないって言っていたよね。だから酒飲みの場には来ないはず。



 ミルポと一緒に外へ飛び出した。






「ところでリーニエさんの場所って知っているの?」


 走りながらミルポに聞く。


「リーニエ姉ちゃんと出会ったところなら知ってるよ」


「そこにリーニエさんが現れる保証があるの?」


「大丈夫、大丈夫。とにかく行ってみよう!」




 がらんとした人通りのないメイン道路。


 両側の商店も扉を閉め、カーテンを降ろしたり、店を閉め空き地になっていたり、ガランとした空間だけがそこにある。



「誰もいないね……」


 つい、そうつぶやいてしまった。



「確か向こうから歩いてきたんだけど……」


 ミルポがそちらの方向に行こうとするのを、その腕をガシッとつかんで引き止める。



「むやみに動いたってしょうがないでしょ。ここはよく考えましょう。何も確信がないのでしょ」


 ミルポは大人しく私の言うことに従った。



 リーニエさんが居そうな場所を考えてみた。



「この街の、ガーファの人が集まる地区にいるんじゃないかな」


 普通に考えれば、そういう結論になるよね。


「じゃあ、おっちゃんに聞けばその場所が分かるな」


「どう聞けばいいの?『イケニエ女さんに会いに行く』なんて聞けないでしょ」


「うーん、おっちゃんに聞く適当な理由がないぞ」


「そう、だから自分達で探さないと」


「どこを?」


「誰かに聞くしかないよね」



 とりあえず、自分たちの宿に戻るため歩き出す。


「こんなことなら、酒場の人にでも聞いておけばよかったぜ」



 あ〜あ、ミルポの無計画さにはあきれる。


それに従ってしまった私の責任でもあるけれど。



 しばらく、無言で通りを歩く。



「ねえ、ミルポ」


「なに」


「ミルポはジョナンさんのこと、どう思っているの?」


「どうって……」


 ミルポが驚いたように聞き返す。


「仲が良いように見えたから」


「ああ、あれか」



 私はその言葉を聞きのがさなかった。



「なにかあったんでしょう」


 私の言葉がついきつくなる。


「いや、なんでもないよ。おっちゃんにウイングボードを直してもらったんだ。それだけだよ」


「ウイングボードを?」



 思いもよらなかった単語に、思わず聞き返す。



「そう、その時少しおっちゃんの身の上話を聞いたんだ」


 ミルポが、ジョナンさんの話した内容を私に言って聞かせた。



「ジョナンさんも苦労しているんだね」


 悩みなんてなさそうなジョナンさんの顔を思い浮かべる。


「だからスライムさんを思う気持ちも本当だと思う」


「ミルポは同情したの?」


「同情って……。スライムさんを助けたい気持ちはあるよ。エスティだってそうだろ」


「私は……私はただ、みんなの役に立ちたいだけ。でもジョナンさんの言ったやり方は、私の失敗作だから。その方法でみんなの役に立てるのか。もっと違う方法があるんじゃないかって思う。だからジョナンさんと話したい」


「そうだよな。おっちゃんが言っていることだけ聞いていたら、どうなるか分かったもんじゃないよな。……しっ、なんだ」



 前方から声が聞こえる。男たちの声だ。



「リーニエ姉ちゃんが言ってた。物騒ぶっそうな連中がいるって。どうしよう、ウイングボードは置いてきちゃった」


「私も杖を置いて来ちゃった」



 私たちは慌てて物陰に隠れる。



 連中が私たちの隠れている目の前に立ち止まった。



 連中の会話が聞こえる。



「おい、どこに行った」


「いないぞ」


「探せ」


「見つけないと姉さんに怒られる」



 姉さん……。これはリーニエさんのことだろうか。まさか、ね。



Copyright © 2024 Awo Aoyagi All Rights Reserved.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る