第25話 父ちゃんとの思い出・おっちゃんとの時間

 宿に戻る。


 エスティは相変わらず部屋にこもっている。


 おっちゃんは帰っていないようだ。


 受付に行き、預けてあったウイングボードを受け取る。



 もう一度ボードを見てみる。やはり車輪の部分が壊れて、外れている。車輪の部分を直そうと動かしてみる。ガチャガチャと車輪部分をつけようとするがうまくいかない。



 たぶん道具が必要なんじゃないかな。



 思い出すと、父ちゃんも細長い鉄の棒みたいのでギュウギュウとネジをめていたっけ。どういう道具を使えばいいかも分からないし、これは直せないかな。



 ハー、とため息一つ。じっとボードを見つめる。



 その時、真上から手が伸びてきてボードをつかみ上げた。ボードをつかんだその手を目で追っていくと、レザージャケットとカッコつけ帽子。



 おっちゃんだ。



 もうボロボロのマントとフードは身に着けていない。



「何すんのさ」


 だけどおっちゃんは無視して、ボードをひっくり返しながらじっくり眺めている。


「ほほぅ、これはこんな風になっていたのか」


「何だよ。返せよ」


「まあ、そうツンツンするな。これはここをこうすれば直るかな」


 おっちゃんはその場に座り込むと、ジャケットの内ポケットから細長い鉄の棒を取り出した。



「え、直るの」


 思わず声が出る。



「壊れたといっても、そんなに大した壊れ方じゃなかったんだな。あの時お前、えらいメソメソと泣いていたから、もっと壊れたかと思ったがな」



 それを聞いて、カッと恥ずかしさがこみ上げてくる。確かにあの時、泣いていたかもしれない。



「……これは父ちゃんとの思い出が残っている品物だから」


「そうか、お父ちゃんな……」



 おっちゃんはそれ以上何も言わず、ガチャガチャと車輪を取り付けようとしている。



「ここをこうして、こうだな。お、ここは補強が外れてしまっているから、よし、手持ちの部品を使うか」


 おっちゃんはジャケットの内ポケットから板を取り出すと、ボードにつけ始める。


「おっちゃんの内ポケットからは何でも出てくるな」


「ハハ、エスティのリュックには負けるがな」


 へぇ〜、おっちゃんもよくわかってる。


 エスティのリュックからはなんでも出てくるもんね。



「なかなか捨てられないものが多くてね。俺はスライム使いになる前は、色々な職を転々としたもんだ」


「へー、例えばどんなの」



 おっちゃんの職業……。興味がわいてきた。



「そうだな。面白いところでは、ってのもやったことある」


「戦術師ってなんだ」



 聞き慣れない言葉だ。



「戦いがあるだろ。一対一じゃなくて、例えば五人対五人みたいな。集団で旅をしていると、違う旅のグループとの間でいさかいが起こることがある。そこで戦術士が必要になるんだ。戦術士が皆に指示を出すのさ」


「別に一人一人バラバラで戦えばいいんじゃないの」


「例えば全員戦士だったらそうなんだろうが、こちらに魔法を使える者がいないけど、向こうにはいたりするわけ。またはこちらは人数が少ない、だけど向こうは多いなんてこともある。戦いは色々なパターンがあって、実は複雑なんだ。だから自らは戦わずに、指示を出す奴が必要なわけだ」



 だからか。うちたちにアレコレ指示を出すのが好きなわけだ。



「でもすごいな。おっちゃん、そんな難しいことやってたんだ。少し見直したぞ」


「まあ、すぐクビになったけどな」


「なんで」


「簡単に言えば、俺みたいな錬金術師上がりの言うことは聞けないってことだ」


「まあそうかもね。うちだって戦闘経験のない奴の言うことなんか、信用できないもんね」


「こいつ、はっきりと言ってくれるな。でもまあ、そういうことだろうな」



 今日のおっちゃんは、いつもみたいな上から目線じゃなく、えらい素直だな。



「おっちゃんは、元々は錬金術師だったの?」


「あー、そうだな。俺の家は代々錬金術師だったんだ。まあ、時代の流れっていうのかな。それまでの錬金術師は個人でやっていたんだが、錬金工場なんてものができたおかげで、個人の錬金術師の仕事が無くなったのさ。そして錬金術師たちは、その工場の従業員となった。俺もそのうちの一人だ」


 おっちゃんは手を止めて、遠くを見るような目をした。



 そしてため息一つ。


 再び手を動かし始める。



「しばらくは工場に勤めたけど、嫌になってやめて、それからは職を点々としているわけだ。そしてたどり着いたのがスライム使いってわけだ」


「おっちゃんもなかなか苦労してるな」


「そうだろう、わかってくれよな」



 おっちゃんはニイっと笑った。



「よし、できたぞ」


 そう言うと、おっちゃんがウイングボードを高らかにかかげた。


「見てみろ、ここ」


 おっちゃんの指差した場所、ボードの下にきれいな色の石がくっついている。



「これは魔石?」


「そうだ。厳密に言えば原石だけどな。ここに魔法を注入すれば、その魔法で攻撃できる。例えば炎の魔法を魔石に入れたら、ウイングボードごと相手に突っ込む火の玉アタックができるぞ」


「火の玉アタック〜? なんか、かっこ悪いな」


「まあ、そう言うなよ。そら受け取れ」



 ……昔、父ちゃんにウイングボードを作ってもらった記憶がよみがえる。



「今はこの原石に魔力を注入するのは無理だ。だから今はボードの練習じゃなくて、しっかりとの練習をするんだ。いいな」



 おっちゃんの言う通りにしてみようか?


 でも……。また父ちゃんとの思い出がよみがえる。



「おっちゃんにボードを直してもらって、父ちゃんの思い出がよみがえったよ」


「思い出?」


「うん、やっぱり父ちゃんとの思い出のウイングボード、これで戦いたいよ。おっちゃん、ごめん。もうちょっとウイングボードで戦わせてくれないか」


「そうか、分かった。ミルポの好きにしていい」



 おっちゃん、ありがとう。



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