第27話 エスティの想い2

 息をひそめていると、男たちは再び歩き出す。


 男たちがったことを確認すると、緊張が解けた。



「姉さんってことは、もしかしてリーニエ姉ちゃんのことか」



 あら、私もミルポも考えることは同じだ。



「でもミルポ、世の中に姉さんなんていくらでもいるでしょ。そう簡単に決めつけてもいいのかな」


「そうだけど、可能性はあるんじゃないか」


「そうだね。後を追って様子を見てみましょう」



 連中の後をつけてみる。



 男たちは裏通りの目立たない建物に入って行った。暗くて建物の外観はよくわからない。



「あっ」



 ミルポが扉を指さした。扉が少し開いている。


 ミルポと一緒にその隙間から中を覗く。中は明るく、机や椅子が並んでいるのが見える。



 もうちょっと中が見えないかな。もう少しで見えるんだけど。



 身を乗り出したその時、後ろからドンと押され、私とミルポは扉を押し広げ部屋の中に転がり込んだ。



「あっ、痛い」


 転んだときに手と膝を床にぶつけて、私は思わず声を上げた。


「エスティ」


 ミルポの声に、ハッと周りを見る。



 屈強くっきょうそうな男たちに周りを囲まれている。



「くっ、ター」


 ミルポが男たちにパンチ、キック!! 見事に決まった。



 でも、あら?



「お嬢ちゃん、今のは何なのかな。そよ風に吹かれた気分だよ」


 男には何にもダメージを与えていない。


「これが……呪い?」


 ミルポからは聞いていたし、ジョナンさんも言っていたけれど、こんなにも攻撃が効かないなんて。



 男たちが迫ってくる。



 もうダメだー、と思ったら、男たちが道を開けた。



「こちらへどうぞ」


 男の一人がうやうやしく私たちを扉の前に誘導する。その扉は他の扉と比べても、彫刻がほどこされていて立派だった。



 男がコンコンとドアをノックする。



「入っていいよ」



 部屋の中から声が聞こえた。女の人の声だ。


 あれ? どこかで聞いたような……。



 部屋に入ると、お互いが「あっ」と声を上げる。


 目の前の女性は、ヨーコさんだった。


「ヨーコさん、どうしてここへ」


「アンタたちこそ、何でここへ」



 その後、お互い沈黙。



 先に口を開いたのはヨーコさんの方だった。


「ここに居たって、おかしくないわね。アルカナからガーファへ向かう最初の自由都市だもの。でも、まさか別れた次の日に会うとは思わなかったね」



 そう言うと、ヨーコさんは私たちを見て、にんまりと笑った。



「どうだい、ジョナンの奴と一日付き合ってみてどんな感じだい」


「あー大変だったよ。夜の街で、工場で大激闘さ」と、ミルポ。



「そうらしいね、街がいたるところで壊れていたって言うし、錬金工場もえらい騒ぎらしい」


 ヨーコさんが言った。



「ねえ、ヨーコさん。スライムさんが全員お亡くなりになったという話でしたけど、それは本当なの」


「ああ、あの女、なかなかに強くてね。あの女との戦いに巻き込まれて、スライムたちも全滅さ。ジョナンの奴、怒っていたろ」


「それはもう……」



 私とミルポは顔を見合わせる。



「そうだよな。だからアイツとは会いたくないんだよ。会ったら、今までのアイツへの貸しを、全部チャラにしなきゃいけない。それは嫌だからね」


 貸しを全部チャラにしたくないから、会いたくない?


 そんなことより、まずはジョナンさんに状況を説明して、謝るべきでは?



「ヨーコさん、あなたひどいですね。ちゃんとした大人なのだから、しっかりと謝らないと」


「ちょっとエスティ。あまり言わないほうが」


 横でミルポが私のそでを引っ張る。



「ハハハ、つぐなうにしたって色々方法はあるさ。だけど私も忙しくてね。アンタたち二人の世話を見るのも難しいくらいだ。だから今ジョナンに会って、話をこんがらがった状態にはしたくない」


「世話になったと言っても、私たち、いつもほったらかしでしたよ。食べ物と住む場所は有り難かったですけど」


「言うようになったね、エスティ」


 どことなく、ヨーコさんの顔がけわしくなっている。


 相変わらずミルポは私のそでを引っ張っている。



「それにヨーコさん、私とミルポの村が襲われるのを知っていたでしょ。目的は何ですか? 私たち神殺しの力ですか?」



 ミルポはもう、私のそでを引っ張らない。



 ヨーコさんは、ジッと私の目を見た。



 間違ったかな? まだ確証もないのに。


 私は言ってしまったことを、後悔した。



「……少しは落ち着いたかい」


 ヨーコさんは椅子から立ち上がると、私の真横に立った。


「すまなかった。アンタたちには寂しい思いをさせたかもね。まずはこの件を謝らせて。悪かった。この通り」



 ヨーコさんが頭を下げた。


 ヨーコさんが謝るなんて、初めて見た。



「次に村が襲われた件だけど……。アンタたちを助けた時、確かに村が襲われるとの情報はあった。それで急いで助けに行ったけど手遅れだった。アンタたちを助けられたのは、運が良かったんだよ。でも、村が滅ぶのを防げなかった。この件も謝らせて」



 ヨーコさんが再び頭を下げた。



「謝りついでですまないけど、アンタたち、ジョナンに付き合ってガーファまで行ってくれないか。最初は私も行くつもりだったけど、なかなか忙しくてね。それにアンタたちがいないと、ジョナンも厳しいだろうからね」



 ミルポが私を見る。


 返答はこちらに任せたということか。



 私は事務所の中を見た。



 壁際には棚が並べられ、その中に紙の束が大量に収められている。机の上にも紙の束が積み重なっている。



「これがヨーコさんの忙しい理由? ヨーコさんの表の顔ですか」


「これだけが私の仕事じゃないけどね。戦いで親を亡くした子供を保護するのも、私の仕事。この街で夜歩いてる、アンタたちみたいな不良少女を保護するのも、私の仕事。ああ、宮仕えは辛いね」


「ヨーコさん、あなた自由人だと思っていましたけど、お役所の方だったのですか」


「まあ、半々ってとこかね」



 確かにヨーコさんが私たちを引き取った後、ほとんど一緒にいなかった。家の中にミルポと二人、衣食住はそろっていたから暮らしていけたけど。あまりにもヨーコさんが家にいないから、脱走したことも有った。



「分かりました。先ほどはヨーコさんを疑うようなことを言ってすいません。私はヨーコさんの言葉を信じます」



 私はヨーコさんに頭を下げた。



「分かってくれれば良いんだよ」


「ところでヨーコさん、私たちとあなたの間に契約はありますか」


「契約? 一体何の話だい」


「あなたは契約でジョナンさんを縛っているでしょ」


「あー、借金のことかい」


「そう、だからジョナンさんはヨーコさんとの契約にもとづいて、私たちの世話をする。でも私たちには、ヨーコさんとの契約はない。だからジョナンさんに付いて行くいわれもない」


「えらい言いようじゃないか。確かに、アンタ達との間に契約はないよ。私はアンタ達を保護して、家とその他もろもろを与えてやった。まあ、それに関して感謝しろっていうのは、大人の傲慢ごうまんかもしれないね」



 ヨーコさんはこちらを見つめてくる。



「私たちは、ジョナンさんについてガーファまで向かいます。それは私たちの意思でそう決めました。その後のことはまだ決めていません。だけど、それは私たちの意思で決めさせてください」


「ふーん、言うようになったね。一日だけだったけど、ジョナンと一緒に行動させたのは良かったかもね。まあ先のことはいいさ。とりあえずガーファまで行って考えておくれ」


「それは、ヨーコさんから自由になったということでいいですか?」


「そうとらえてもらっても結構さ。だけどアンタ達二人だけで暮らしていくなんて、簡単なことじゃないよ。まあ、他人に頼るべきところは頼るってことだね。さあ、もう今日は遅い。部下たちに送らせるから宿に帰りな」



 そう言うと、ヨーコさんは後ろを向いてしまった。



「ではまた」


「バイバイ、ヨーコ姉ちゃん」



 私たちはヨーコさんのいかつい部下に守られながら宿まで帰った。



 ジョナンさんは宿にいなかった。



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