第28話 エスティの想い3

 翌朝、ジョナンさんは宿に戻っていた。でもだいぶ疲れているようだ。



「昨日はどちらに?」


 朝、起きてきたジョナンさんに聞いてみた。


「昨日の夜もスライムさんを探しに街の外に行っていたんだが、スライムさんの影も形もない。だいたい泉のそばにはいるものだが、どうもおかしい。全然スライムさんと遭遇そうぐうしないんだ」


「そうですか。スライムさんが見つからない理由……。見当がつきませんね。それにしてもジョナンさん、外を出歩いてもいいのですか」



 すると、ジョナンさんが待ってましたとばかりに身を乗り出してきた。



「それが敵さんも全然現れないのさ。おかしいよな、スライムさんどころか、あのイケニエ女も現れないなんて。そうだエスティ、俺の頭の上を見てくれ。坑道で見たようにな」



 私は魔力を高めて、ジョナンさんの頭の上を見る。


 光の線は以前と変わらず、頭の上から出ている。



「光の線はまだありますね」


「居場所は敵に伝わっているけど、何故か敵は現れない、ということか。どうなっているんだか。いいことだけどな。ハハハ」



 ジョナンさんは力無く笑った。



「そういえばミルポは?」


「ミルポはまだ寝ていますよ。あの子、朝が弱いから当分寝ていると思います」


「そうか、なら都合がいい」



 ジョナンさんはまたまた身を乗り出してきた。



「今日のスライムさん探しはなしだ。というわけで、エスティ、お前の魔法の練習に付き合ってやる」


「えっ、私のですか」


「そうだ、昨日はミルポのウイングボードを直したんだ。今度はエスティの面倒を見なければ、それは不公平ってもんだろ」



 ジョナンさんが私の魔法練習に付き合ってくれる。それは嬉しいことだけど。



「私、魔法陣に吸い込むことしかできませんけど」


「あの魔法陣に吸って吐くやつだろ。それでいいんだよ」


「でもあれは私の失敗で」


「失敗とは思えないけどな。時間がもったいない。よし、外で練習だ」


「え、今からですか」


「そうだ。あれ、朝ご飯がまだだった」



 ジョナンさんは慌てて朝ご飯を注文した。




「そうだ、いいぞ、吐き出せ」


 私たちは、街のすぐ近くを流れる川に来ている。おこなっていることは、魔法陣の吸って吐く練習だ。


「よし、吐いてみろ」


 ジョナンさんの指し示した箇所を魔法陣に吸い込み、指示した場所に吐く練習だ。


「だいぶコントロールできるようになってきたな。よし休憩だ」


 休憩中、ジョナンさんが私の持っている杖を指さした。



「その杖じゃないと駄目なのか」


 ジョナンさんは私の杖を指さした。


「駄目かどうかは分かりませんが、私はこの杖で魔法陣を描けと教わりました」


「杖では上手に描けないだろう。この前の工場でも苦戦していたな」


「ああ、地面がデコボコしていて上手に描けませんでした」


「どういう原理なんだ」


「私の魔力が杖を通じて文字となって、大地に刻まれるのです。魔法が上達すれば、自分の思った通りに素早く文字を描けると思います」


「と言うことは、魔力が上がればいいわけだな」



 ジョナンさんはジャケットの内ポケットから魔石の元――原石を取り出した。



 そして、河原に落ちている木の棒を拾うと、原石を取り付けぐるぐる巻きにした。


 その棒を、こんどはブンブン振り回し始めた。



「どうだ」


 ジョナンさんを見ると、棒の周りに魔力を感じる。わずかながら魔力が上がっているのがわかる。


「これは魔力を作るのと同じ理屈だ。ホレ、あれを見てみろ」


 ジョナンさんがシントの街を指差す。


 そこには巨大な風車が回っていた。


「あの風車の羽の先にこれと同じ物がついている。本物はもっと巨大だがな」


 ジョナンさんはまたクルクルと棒を回す。


「原石を回すと魔力が発生する。例えば錬金工場の機械は、魔力を電気に変えて動いているんだ。だから魔法陣を描く前に、杖を回すのはどうだ」



 ジョナンさんは杖の上部を指さした。


 杖には魔石を入れられるくらいのくぼみがある。


 これは……。思い出したくもない記憶を思い出してしまった。


「ずっとそこの空洞が気になっていたんだ。そこに魔石をはめ込むんだ」


「捨てました」


「えっ」


「だから捨てました」


「元からついていた魔石を捨てたってのか」


「はい」


「……」



 ジョナンさんは黙ってしまった。


 だけど、しばらく迷っていたみたいだけど、口を開いた。



「まあ、無理にとは言わないが喋ってみろ。なにがあった」



「……」


 今度は私が黙る番。


 どうしようか。


 嫌な思い出だけど、ジョナンさんに聞いてほしい。




「この杖は父にプレゼントされたものです。私は兄弟の中で一番魔法の才能がなかったから、逆に一番良い杖をプレゼントされました。魔石は雷の魔石でした。少しの魔力でも使える魔石で、それまで使えなかった雷の魔法が使えるようになりました。最初は喜んで使いました。でもある日、気づいてしまったのです。この魔石は精霊召喚には全く意味のないもの。他の兄弟たちは、精霊を呼び出して魔法を使います。私はこの魔石の雷を使うだけ」


「逆に周りに使っている奴はいなかったと」


「父は私の才能に見切りをつけた。その証明でもあったのです」


「……」



 ジョナンさんは黙って聴いている。



「私はこの魔石を捨てました。こんなプレゼント、いらなかった。そしたら、そしたら……」


「言いたくなければいいぞ」



 ジョナンさんが声をかけてくる。



「いいえ、話します」


 私はジョナンさんの方をしっかりと向いた。



「その日、村が襲われました。私は何もできず隠れていただけだった。この杖に魔石があれば戦うこともできたでしょうに。隠れていたおかげで、私は生き残りました。戦った親兄弟は皆死にました」


「そうだったのか……」



 ジョナンさんは下を向き、足元の小石を蹴り飛ばした。



 小石は川まで飛び、ポチャンと音を立てた。



「才能に見切りをつけた、その証明って言ったよな。でも、お父さんの考えは本当にそうだったのか。本当はもっと違う考えもあったんじゃないか」


「そうかもしれませんね。でも、確かめようがないのです」



 私はしゃがみ込み、足元に転がっている石をじっと見る。



「私、魔法が上達しない理由が実はあるのです。魔導書を開くと、探し物の精霊魔法のページばかり読んでしまうから」


「探し物の精霊?」


「はい。この精霊にたずねると、どんな探し物も見つけられると言います。でも難しい。結局、才能がないのですね」


「才能なんて、よく分からない、モヤッとしたものさ」


 ジョナンさんはしゃがみ込み、私の手を取る。


「この魔石は持っていてくれよ。損をするものじゃない」


 ジョナンさんの手は温かかった。



「こらっ、おっちゃん!」


 どこからかミルポの声が聞こえる。



 どこ? 上? 空?



 空を見上げると、ミルポがウイングボードに乗ってこちらに向かってくる。


「勝手にエスティを連れ出すなよ」


 ミルポはボードから飛び降りるなり、ジョナンさんに詰め寄った。


「何だお前。エスティといつも一緒じゃないといけないってか。ガキじゃあるまいし」


「悪かったね、ガキでさ」



 ミルポの怒りは収まらない。



「ミルポ!」


 とりあえずミルポの怒りを収めようと、ミルポの関心を私に向けさせる。



「昨日話したでしょ。ジョナンさんと話したかったって」


「だからって、うちを仲間はずれにしてさ」


「別にそんなつもりじゃ」


「だって朝起きたらエスティはいないし、おっちゃんもいないし、うち一人置いていかれたと思ったんだよ」



 ミルポの涙。



 ミルポは私が何を言っても、何を聞いても、口を利いてはくれなかった。



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