第18話 錬金工場の戦い3

「ウリャー」

「ター」


 イケニエ女とミルポの打撃の打ち合い。

 イケニエ女も気合の声を上げている。


 俺の時はそんな声上げていたか?


 認めたくはないが、俺との戦いより本気ということか。


 イケニエ女の手数の方が圧倒的にミルポを上回っている。その攻撃は確実にミルポにヒットしている。だがミルポには一向いっこうに効いている様子はない。これにはイケニエ女も驚きが隠せないようだ。

 イケニエ女は後ずさり、距離を取った。


「おのれ、怪しげな術を」

「えへへ、うちってこんなに強かったんだ」

 ミルポは嬉しそうだ。

「油断するな、攻撃しろ! 攻撃は最大の防御だ」


 俺の言葉にミルポはハテナ顔だ。


「いいか、これは例え話じゃない。お前にとって攻撃は最大の防御なんだ」


 イケニエ女はまだ余裕たっぷり、といったところか。

 一方ミルポの方は肩で息をしている。

 このまま打ち合いが続くと、体力の劣るミルポはつらい。


 それが分かったのか、ミルポはかたわらに置いたウイングボードを取り出した。それで攻撃する気か。

「おい止めろ、そんなボードじゃイケニエ女には勝てないぞ」

 俺の言葉にミルポはムッとする。

「おっちゃん、うちのウイングボードを馬鹿にするのか」

敵兵士トルーパーには通用したかもしれんが、イケニエ女には無理だ」

「攻撃は最大の防御だって言ったのはおっちゃんだろ。だからウイングボードで攻撃するんだ」


 こいつ、ばかにウイングボードにこだわるな。だがウイングボードじゃ駄目だ。直接の攻撃でないと。


 俺はチラッとイケニエ女を見た。

 こちらをじっと見ている。

 すぐに襲いかかって来る気配はない。

 こちらの話し合いが終わるのを、律儀りちぎに待っているつもりか?


「ミルポ、良く聞け」

 俺はミルポを真っ直ぐに見た。

「もう一度言うぞ。ウイングボードではイケニエ女に勝てない。直接攻撃で奴の攻撃を防いで時間を稼ぐんだ。その間にエスティの魔法陣が完成するだろう」

 ミルポはエスティを見た。

 俺もエスティを見る。

 エスティは一生懸命、魔法陣を地面に描いている。しかし地面がデコボコしていて、描くのに苦戦しているようだ。


「ウイングボードで戦う」

 ミルポはキッパリと言った。

「おい、俺の言うことが聞けないのか。どうなっても知らないぞ」

「……その時はリーニエ姉ちゃんに、おっちゃんを差し出して降参するよ」


 お、そういう考えもあるのね。


 ミルポはウイングボードに飛び乗る。

 ここは備えて置くべきか。


 ウイングボードが空に舞い上がる。

 しかし屋内での戦いだ。高さを生かした戦いにも限界がある。


 ミルポはそこのところを考えたのか?


 こちらの心配とは関係なく、ウイングボードはイケニエ女に向かって一直線だ。

「やれやれ、やっとか」

 イケニエ女は待ちくたびれた、という表情だ。

 イケニエ女は戦闘態勢を取る。

 ミルポは構わず、イケニエ女に突っ込んで行く。


 あいつ、前回イケニエ女にかなわなかったのを覚えていないのか。


 ミルポの突撃は、イケニエ女にあっさりと弾き飛ばされる。

 地面に投げ出されても再び起き上がり、ウイングボードを駆るミルポ。


 またもや正面から突っ込んでいく。


「おい、ムキになるな」

 俺の言葉も届かず、再びイケニエ女に蹴散けちらされる。


「まだまだ!」

 ミルポはウイングボードを駆って飛び上がった。


 あいつ、なにムキになっているんだ。もしかして、俺がウイングボードのことを否定したからか。


 ミルポはまた、何の考えもなしにイケニエ女に突っ込んで行く。


 あいつ、もう少し頭を使え。


 イケニエ女がウイングボードを落とそうと拳を振り上げる。と、ウイングボードは拳が当たる直前で動きを止める。空中でターンし、クルクルと回りながらイケニエ女の背後に回り込む。そのまま突っ込んだ!


 ガシーンと激突音。


 素早く後ろを振り向いたイケニエ女が、ミルポのウイングボードをとらえた。

 イケニエ女のパンチとミルポのウイングボードが力比べの様相ようそうていしている。


 ミルポがウイングボードをタップする。

 ウイングボードがイケニエ女を押し込む。

 イケニエ女の足が、ズルズルと地面を削りながら後退する。


「よし、そのまま押し込め!」

 俺は思わず声をあげる。

 その時、イケニエ女がこちらをチラッと見た。


 なんだ?


 イケニエ女の左腕が炎をまとう。


 イケニエ女の奴、炎の魔法を使うのか。


 炎の拳がウイングボードに放たれた。


 バキッという音がして、ウイングボードの車輪部分が壊れた。

 ミルポは力を失ったように地面に落下する。

「大丈夫か!」

 俺は思わず声をかけた。


 ミルポは立ち上がらない。ウイングボードを抱えてうずくまっている。

「なに甘えているんだ。さっさとこっちに戻ってこい」

 相手がイケニエ女じゃなかったら、とっくにトドメを刺されているとこだぞ。


 だがミルポは動かない。俺はイライラしながらも待った。


 すると、イケニエ女はしゃがみ込み、うずくまっているミルポに手を差し伸べた。

 しかしミルポはその手を握らず、一人で立ち上がった。


 こちらにトボトボと歩いてくるミルポ。

 俺もミルポに一言も声をかけない。


「なかなか厳しいな」

 イケニエ女が俺に向かって言った。

「手を差し伸べることも大事だと思うが?」

 イケニエ女の奴、ずいぶんと優しい事を言う。


 ミルポの奴は俺のアドバイスを無視した。優しくしてやる必要があるものか。


「立ち上がるのを待つ、という考えもある」

 本心とは違うが、俺はもっともらしいことを言った。

「なるほど、少しは考えているようだな。ジョナン、お前の評価ポイントが少し上がったぞ」


 はいはい、ありがたい事です。


 しかしどうする。ミルポはもう戦える状態じゃない。エスティはなにをモタモタしているのか。全然魔法陣が完成しない。


「いよいよ最後のようだな」

 イケニエ女が迫ってくる。


 俺は覚悟を決めた。


「降参だ。降参」

 俺は両手を上げた。

「そうか、いさぎよく負けを認めるか」

「そうだ。最期はお前の炎の魔法でトドメをさしてくれ」

「いいだろう、私の炎の拳でトドメをさしてやる」

 イケニエ女の拳が炎をまとう。

 拳が俺に放たれる。


 いまだ、ダイナ!


 俺の背中に張り付いていたダイナが伸び上がり、俺の右手に原石を握らせた。

 俺は原石を炎にかざす。

 錬金工場で俺の担当だった、封魔の技。

 忘れはしない。

 原石は炎を吸い込んで、魔石となった!


「なに!」

 驚くイケニエ女。

 本当に驚くのはこれからだ。

 炎の魔法を封魔し、燃えるように赤く光る魔石。つかめないほど熱くなった魔石をダイナの中に突っ込んだ。

 魔石はダイナの中で吸収・分解され、そしてダイナに新たな力を授ける。


 ダイナは水色から漆黒に変化した!

 俺はスライムさんに電気信号を送る。

「行け、ダイナ。地獄の炎を操る者よ」

 ダイナはジャンプして、イケニエ女に飛びかかった。

 さすがのイケニエ女もきょを付かれ、体勢が崩れる。そこを狙って、ダイナは炎を吐いた。

「やったか!」

 しかしそこはイケニエ女。とっさに飛び退き、ダイナと間隔を空ける。イケニエ女は状況をリセットするために、間合いをこれでもか、というくらい空けた。


 チャンスだ!


「さあ、行くぞごま塩コンビ!」

 ウイングボードを持って突っ立っているミルポと、相変わらず魔法陣を描いているエスティをうながす。


 ミルポはなかなか動かない。

 エスティはバタバタとリュックに荷物を詰めている。

「おい、早くしろ。ダイナは、3分後に俺の所に戻って来る。その前にここから脱出するんだ」

「脱出ってどこへですか?」と、エスティ。

「この部屋の奥に、地下の坑道こうどうに繋がる出入り口がある。そこから坑道こうどうに入り脱出する」


 エスティは準備が終わり走り出す。

 ミルポはまだボケっとして動かない。

「おい早くしろ」

 俺はミルポを引っ張り坑道こうどうの出入り口へ急ぐ。

梯子はしごがあるだろう。早く降りろ」

 俺は坑道こうどうの出入口を指し示した。

「私が先に行きます」

 真っ暗な穴をひるみもせず、エスティが先に穴に入った。

「エスティは穴に入ったぞ。お前はどうする」

 ミルポは相変わらず、覇気はきがない。

「エスティが行くなら……」

 ゆっくりとミルポも穴に入る。

 俺はごま塩コンビがはしごを降りるのを見届けると、ダイナのもとへ急ぐ。


 ダイナが戻るときに俺がいなければ、お互いすれ違いになってしまう。ダイナには次の電気信号を送らないといけない。


 もと来た道を走ると、ダイナがこちらに向かってくるのを見た。チラッとイケニエ女の姿が目に入った。早くしなければ。


 ダイナが俺を認識したようだ。一直線にジャンプしながらこちらに向かってくる。

 俺はUターンして穴に戻る。

 俺は穴に入り、頭だけ地上に出した。


 ダイナに引き続き、イケニエ女も視界に入ってきた。

「よう! もうこれ以上、俺を逆恨みするのはよしてくれ」


 その瞬間、イケニエ女は真っ赤な顔になった。


「お前は私の生きがいを奪った」

生贄いけにえになるのがお前の生きがいって言うのか」

「私はそうやって、ずっと生きてきた。あの生贄いけにえの儀式が、私の人生の最大で最後の晴れ舞台だったのだ」

「俺をここまで追ってくるだけの、体力と気力を持っているんだ。これから思うように生きていけばどうだ」

「それもいいかもな」

 お、意外に素直だな。

「だが、それもお前を倒してからだ」

「やっぱりそうくるか」

「もはや問答無用!」

「あー、そうだな」

 俺はダイナに触ると、電気信号を送った。

 そして、そっと穴の入口にダイナを降ろす。


「ダイナ、短い付き合いだったがおさらばだ」

 俺は穴の中に身を沈めた。


 おっと、言い忘れた。

 再び穴から顔を出す。


「イケニエ女、さっきは正直すまなかった。お前の顔にスパナやドライバーを投げたけど、お前は必ず防ぐと、俺は信じていたぜ」


 言いたいことは全て言った。


 俺は穴の中に入り直す。


 ダイナは穴の入り口でパーッと広がると、みるみるうちに体を硬化こうかさせた。


 これも炎の魔法の力。


 これでイケニエ女は追って来られないだろう。

 ダイナは死ぬまで、いや死んでからもここに固まったままだ。


 さらばダイナ。さよならだけが人生さ。


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