第17話 錬金工場の戦い2

 作業台の元あった場所は、ちぎれたケーブルやら剥がれた床の残骸ざんがいやらでグチャグチャだ。

 火花を上げているケーブルもある。

 イケニエ女は足元のちぎれたケーブルをけながら、ゆっくりと歩いて来る。


 くっ、どうすればいい。


 照明スイッチを切りたいが、作業台が邪魔だ。よく見ると、作業台のホルダーには鉄製のスパナやドライバーが掛けられている。俺はスパナを取ると、イケニエ女の顔めがけて投げつけた。

 イケニエ女はガシッと顔の前でスパナをつかむ。


 スパナをつかんだ手でイケニエ女の表情は見えないが……。

 イケニエ女の奴、怒っているだろうな。


 俺は構わずさらにドライバーを投げる。

 

 もちろん、イケニエ女の顔めがけてだ。


 ガシッとイケニエ女は手でドライバーをつかむ。そのまま、ドライバーを握力あくりょくだけでへし折るイケニエ女。

 手が退けられると、イケニエ女の表情が見えた。


 やっぱり怒ってる〜。

 目を釣り上げ、俺への怒りに満ちあふれている。

「女の顔を狙うとは……どこまでもクズな奴だ」


 すいません、コントロールが良くて。


 そのコントロールの良さをかして、さらに投げる!

「ありゃ?」

 俺の投げたスパナはイケニエ女の頭上を飛び越えた。

「いかんいかん、今度こそコントロール良く!」

 俺は再びスパナを投げた!

 ……またもやイケニエ女の頭上を越える。

「どこに投げている」

「いやいや、イケニエ女さん。今度は狙い通りですよ」

「なに」


 スパナは作業台の、元あった場所へ吸い込まれるように落ちていく。


 ナイスコントロールだ。


 バチッと火花が散る。

 同時に真っ暗になる。

 電気がショートし、電源が落ちたのだ。

 これでこちらが有利になったはずだ。


 ここからは俺の攻撃ターンだ。

 さらに、ここからは全攻撃だ!


 俺は手近てぢかにあった台車を何台も何台も押し出し、今度は右手の棚を引き倒した。

 さらに移動し、ドラム缶を通路に転がす。


 お、重い。


 全身の力を込めて、二缶・三缶と続けて転がす。


 金属を激しく叩く音が聞こえる。イケニエ女がドラム缶を弾き飛ばした音だろう。音が聞こえたことで、イケニエ女の大体だいたいの位置は確認できた。


 よし、ここだ。


 俺は真っ暗闇の中、トロッコの線路に進んだ。足元の感触から、線路に乗ったことを確認する。

 この線路を進めば、扉の向こう側に行ける。

 暗闇の中、しかも通路は障害物だらけ。イケニエ女はこの部屋から出るのに手間取るはずだ。

 俺は線路上を走り出す。


 よし、扉に着くぞ。


 ガンッ。


 目の前が、火花を散らしたようにフラッシュする。

 激しい痛み。

 頭がフラフラする。

 頭を押さえると、ヌルっとした感触。

 ――血だ。

 頭を柱に打ち付けて怪我したらしい。

 ――誰だ、こんな所に柱なんぞ付け足した奴は!


 しかし怒ってもしょうがない。

 今の音で、こちらの位置がバレてしまったはずだ。


 俺の現在位置は? 頭を打ち付けた衝撃で、現在の位置がさっぱり分からない。

 暗闇の中、隣の部屋から明かりが漏れている。明かりは扉の隙間から漏れているのだろう。

 俺は扉に向かって走り出す。


 途中に障害物は有るか?

 ええい、構うものか!


 俺はほのかな明かりに向かって走り出す。

 走りながら、内ポケットに入れたスパナやらトンカチやらを左右に放り投げる。


 カラン、カラン。


 投げたものが地面に落ちる音が聞こえる。

 これで俺の居場所がごまかせる。

 待てよ、俺は三つ投げたような……。

 俺は本能的に恐怖を覚え、思わずしゃがみ込んだ。


 ブオン!


 それと同時に、頭上で風を切る音。

 

 ガチャン!


 前方の扉に何かが激しくぶつかる。

 その衝撃で扉が開き、一気に明かりが漏れてくる。

 イケニエ女が、俺の投げたスパナを投げ返したのだろう。


 バッチリ居場所を知られているじゃないか!


 俺は隣の部屋に転がり込んだ。

 早くしないとイケニエ女が追ってくる。


 

 ここは集積場しゅうせきじょう。地下の坑道こうどうから地上に上げた原石を貯めておく部屋だ。原石が山積みになっている他は、スコップや原石を運ぶ一輪車がある。

 俺は必死で武器になるものを探した。


 ……何も無い。

 俺は中折れ帽をおさえた。


 扉の向こうからイケニエ女が姿を現した。

 相変わらずケガ一つしていない、きれいな顔をしている。


 こちらは頭から血を流している。


 なかなかのハンデだ。

 俺はスコップを持って身構えた。

「さあ、かかってこい!」

「哀れな……」

 イケニエ女はさも悲しいといった顔をした。

「そんな装備では話にならない。もっと他に手はないのか」

「へっ、心配してくれてありがとう。だが、これくらいのハンデがないとな」

 そうは言ったものの、スライムさんは使えない、武器もない、おまけに血で視界もぼんやりしている。


 するとなにを思ったのか、イケニエ女がスカート? のすそをビリビリと破りだした。

「おい、なにをしている」

「せめて出血くらい止めたらどうだ」

 イケニエ女はスカート? の切れ端を原石に縛り付けると、こちらに投げてきた。

「……悪いな。使わせてもらう」

 俺はイケニエ女に軽く頭を下げると、スカートの切れ端を頭に巻いた。押さえつけることで、止血しけつができたようだ。

「準備はいいか。それではここで引導いんどうを渡してやろう」

 イケニエ女がこちらに近づく。


 ここで戦ったら確実に負ける。

 こんなスコップ一本では、相手の攻撃をとても防ぐことはできないし、傷つけることもできない。


 イケニエ女が攻撃してくる。


 もう駄目だぁ。

 俺はしゃがみ込み、目をつむった。

 アイオン、助けに行けなくてゴメンな――。


 ……あれ、攻撃がない。

 俺はおそるおそる目を開けた。

 

 見覚えのある赤毛。

 半袖短パンの華奢きゃしゃな身体。


「お前!」

「大丈夫か、おっちゃん」

 ミルポだ。ウイングボードに乗ったミルポがイケニエ女の攻撃を防いだのだ。

「大丈夫ですか?」

 エスティが駆けつけ、俺に寄り添う。

「ごま塩コンビ、お前ら来てくれたのか」

「ええ、少々手間取りましたが、なんとか間に合ったようですね。でも……」

 エスティは不安げな表情でイケニエ女を見る。

「果たしてあの人に勝てるでしょうか」

「大丈夫だ、あいつ、今ので何かつかんだかもしれない」

 俺はミルポに可能性を見た。


「これは少々驚きだ」

 イケニエ女がミルポに言った。

「私が驚いていることは二点ある。一つ目、なぜお前たちは戻って来た? 無事助かるチャンスを与えたというのに」

「それは……」

 ミルポがこちらを向いた。


 なんだか複雑な表情だ。


「うちは嫌だったんだぜ。だけどエスティがどうしてもって言うから……」

「そうか、では今からでも遅くはない。ジョナンをかばうような真似は止めろ。私と一緒に来い」

 ミルポはなにも言わない。迷っているのか? こちらからは、ミルポの顔色をうかがうことはできない。


「……うちは大人なんて嫌いだ。そんな中でも、リーニエ姉ちゃんは信頼できそうな大人だった」


 お、俺は信頼できない大人なのか。


「おっちゃんとは会ったばっかりだけど、金の話ばかりするし、うちたちを利用しようとするし、正直信頼できない」


 ……。


「でも、エスティはおっちゃんを助けるって言う。うちはエスティとは離れたくはない。それに……」

 ミルポはまたこちらを見た。


 今度は少しだけ笑っているように見えた。


「それに、スライム好きに悪い人はいないってね」

「お前……」


 ミルポさん、名言出たね。


「フフッ」

 イケニエ女がさも可笑おかしそうに笑った。

「説得すべきは、エスティの方だったというわけか。まあいい。それでは二点目だ。私の攻撃をいとも簡単に防ぐとは、ミルポ、何をした?」

「うーん、分からない。けど!」

 ウイングボードを降りて、ミルポが身構えた。

「おっちゃんを守るって決めた以上、もうやらせないよ」

 あいつ……。よし、やる気が出てきた。

 俺は中折れ帽を取ると、髪をかきあげた。


「よし、エスティ。ミルポは大丈夫だ。お前は魔法陣を頼む。俺もこれから色々準備する」

 頑張れ、ミルポ。


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