第19話 ジョナン、土下座する

「ああ、ダイナ」

 俺はスライムさんとの別れをいたんだ。

 ほとんど電気信号の交換はできなかった。もっと一緒にいたかった。

 いつもは「うるさいっっ」とツッコミを入れるミルポも、今回は何も言わない。


「おい、気をつけて歩けよ。魔弾のカケラが転がっているかも知れないからな」


 ここは地下の坑道。通常なら陽の光が当たらず真っ暗闇なのだが、この坑道は魔光石によって地上が夜でも明るい空間を保っている。


 今までの経緯けいいから考えると、どうやら俺の位置情報がリアルタイムで敵にバレているようだ。しかし、バレていてもこの坑道ならそう簡単に追ってはこられまい。


「魔弾はカケラでも爆発する可能性がある。怪しいものは踏むなよ」


 坑道の中は明るいから、気をつければ大丈夫だろう。


 俺たち三人は坑道の出口に向かって歩く。


「魔弾で岩を吹き飛ばして原石を取るんだ。だから魔弾のカケラが転がっている。そうか!  魔弾でイケニエ女を攻撃すれば良かった。錬金工場にいっぱいあるんだ。くそー、イケニエ女を吹き飛ばせたのにな」


 ……なんだ、さっきから俺一人で喋っている。はたから見ればおかしな人に見えるな。


「おい、ごま塩コンビ」


 俺は二人に声をかけた。

 エスティはこちらを見たが、ミルポはそっぽを向いたままだ。


 正直、最悪の雰囲気だ。

 まあ、いい。


 俺は構わず話し始めた。

「俺を裏切ったことは、まあいい。……エスティが人質に取られていたから……ということにしておこう」


 俺は中折れ帽を取ると、髪をかきあげた。

 さて、ここからが本題だ。


 俺はガバッと両手、両膝りょうひざを地面につけた。

 突然のことにエスティも、そっぽを向いていたミルポも驚きの表情だ。


「頼む! 力を貸してくれ!」

 俺は額を地面につけた。


 完全なるお願いポーズ、土下座どげざだ。


「頼む、俺と一緒にガーファまで行ってくれ」

 俺は再びお願いする。


 見ないでもわかる。


 おそらくごま塩コンビは困っているはずだ。あいつらみたいな子どもが、大人からこうやって頼まれごとをされることなどないだろうから。


 これぞ必殺、「お互い気まずくなったら、大きな事件を起こせ」だ。


「おっちゃん、やめてくれよ」

「ジョナンさん、そんなポーズ取らないでください」


 フッ、まんまと術中にかかったな。


「俺と一緒にガーファまで行ってくれ」

「だからそれはさっきも聞いたぜ」と、ミルポ。

「なぜそれほどまでに、ガーファに行きたいのですか?」と、エスティ。


「ガーファにはアイオンがいる」


「アイオン?」「アイオン?」

 ごま塩コンビは声をそろえて聞いてきた。

「アイオンはスライムさんの名前だ。イケニエ女のせいで、ガーファの魔神にアイオンをとらわれてしまった」


 俺は続ける。


「俺はたった今、ダイナを失った。ダイナとは電気信号の交換もたいしてできなかったが、そのダイナを失っただけで俺の胸は張り裂けそうだ。あぁ、アイオンは今、遠いガーファの地でどんなに心細い思いをしているか。それを思うと、胸がいっぱいになってしまう。どうか頼む、俺と一緒にガーファに行ってくれ」


 やった! 大演説。

 これでこいつらも言うことを聞いてくれるだろう。


 ……反応がない。


 普通ならこれで言うことを聞いてくれるはずだが。こいつらの顔色を見るのもカッコ悪いし、しばらく様子をみよう。


 ごま塩コンビはひそひそ話をしているようだ。


 クソッ、どうする。


 この土下座どげざ、身体中痛いんですけど。


 俺は頭を上げず、必死の上目遣いでごま塩コンビを見る。


 よく見えないな。

 だが完全に頭を上げるのもカッコ悪い。

 再びの上目遣い。うお、目が痛い。

 ごま塩コンビに気づかれないように、俺は再び地面に額をつけた。


 今知り得た情報を整理する。


 ミルポは怒っているように見えた。

 エスティがなだめているように見えた。

 つまりは、提案を受け入れていないのはミルポの方だ!


「悪かった、ミルポ。お前に厳しい態度を取って、正直すまなかった。これからはお前に対する態度を改める。だから、俺に協力してくれ」

「おっちゃん」

「言葉遣いも改める。ミルポさん、お願いします」

「おっちゃん、うちを説得しても無駄だぜ」


 なに、なんて頑固な奴だ。


「だって、うちはおっちゃんに付いて行ってもいいと思っているから」

「なに!」

 俺はガバッと頭を上げた。

 そしてミルポとエスティを交互に見る。


 ミルポは怒っている。

 エスティはミルポをなだめている。


「ミルポが怒っているのを、エスティがなだめているんじゃないのか」


 俺がそう言うと、ごま塩コンビは首を横に振った。


「どういうことだ」

 俺が聞くと、エスティがニコッと笑った。

「私が、『ジョナンさんは大人としてみっともない。頼りないから、付いていくのはやめましょう』と言いました」

「だからうちは『おっちゃんがかわいそう。付いていこう』って言ったんだ」

 おお、ミルポ。心優しいお方。

「私は『ミルポ、それはジョナンさんのお願いポーズなの。だまされちゃダメ! ミルポは単純なんだから』と言いました。そうしたらミルポが怒り出したので、私がなだめていたのです」


 ……。


「お前ら分かりにくい奴らだな!」

 俺は思わず怒鳴ってしまった。



「まあ、ここは原理原則に戻ろうじゃないか」

「原理原則って何だよ」

 ミルポが聞いてくる。

「まず、俺とヨーコの契約だ。俺が前の仕事を辞め、スライム使いに転職した時に世話になったのがヨーコだ。だがスライムさんを育て、心を通わせるまでは大変だった。だから、そこはヨーコに資金援助してもらった訳だ」

「ハッキリいいなよ。借金だろ」

 ミルポが右手で丸印を作ってみせた。

「収入がないって大変ですから。新しい仕事を始めるのもお金がかかりますし」と、エスティ。


 みなさん、よく分かってらっしゃる。


「その借金返済のために、ガーファまで行って魔神討伐したわけだが、それだけじゃあ借金を返し終わらない。そこで、お前たちの世話を押し付けられたわけだ。わかるか、俺とヨーコの契約が」

「わかった」

「わかりました」

 ごま塩コンビがうなずく。


 ……俺がスライムさんの力を試したくて、魔神に戦いを仕掛けたこと。ごま塩コンビを連れて行くことは、成り行きだということは秘密だ。


「問題は、お前らとヨーコの間はどういう契約になっているかってことだ。そこら辺を詳しく聞かせてもらおうか」

 俺は腰を下ろし、話を聞く態勢をとった。


「それは良いのですが、リー……、イケニエ女さんが追ってくるのでは?」

「そうだぜ、こんなところで休んでいたら捕まっちゃうぜ」

 ごま塩コンビが騒ぎ出す。


「大丈夫だ、ダイナの硬化で坑道への出入口は封じられた。すぐに突破できる強度じゃない。たとえイケニエ女だったとしても、だ」

「それじゃぁ、ダイナは……」

 ミルポが聞いてくる。

「死してその身を犠牲にしたんだ。ああ、ダイナ」

「それはそうと、なぜ敵はジョナンさんの居場所をすぐ突き止めるのでしょうか?」


 ……エスティさん、切り替えが早いな。


「なぜ俺の居場所が、敵に筒抜けか……。俺も色々と考えた。考えたすえの結論は……」

 ごま塩コンビを見た。

「なんだ?」

「なんですか?」

 ごま塩コンビは分からないでいる。


 ここで結論。


「俺が敵の本拠地で、クーポン欲しさに契約書に署名をしたからだと思う」

「ジョナンさん、迂闊うかつですね」


 エスティの一言、グサッときました。


「まあクーポンだからね。うちだって簡単に署名しちゃう」

 ミルポが「わかるわかる」という風にうなずいた。


 おお、ミルポと意見の一致いっちをみるとは。


「なるほど。それでジョナンさんの頭から、光る線が出ているのですね」

 エスティが俺の頭の上をじっと見つめている。

「おお、そうなのか。やはり俺の結論は正しかったな」

「それ、自慢になりませんよ」


 うう、なんだかエスティのあたりが強いな。


「それで、その線はどうなっている」

 俺の問いを受けて、エスティはさらにじっと俺の頭上を見た。

「確かなことは分かりませんが、この天井の岩盤は通り抜けていないと思います」


 多少の障害物なら通り抜けられるが、ここまで厚い岩だと通り抜けは難しいのか……。


「それならば、敵がこの場所を見つけるのは難しいだろう。これでゆっくり話せるな」

 俺は改めてごま塩コンビにヨーコとの関係を聞いた。


「それにはまず、私たちのことを話さなければいけません」

 エスティがミルポを見た。

 ミルポがうなずく。

「私たちには、一族のかたきを打つという使命があるのです」


 俺はエスティに続きをうながす。


「私は人知を超えた存在である精霊を呼び出せる者です」

「うちは巨人族」、とミルポ。

「この大地を創ったのは、うちたち巨人族なんだぜ」

 ミルポはほこらしげに言った。

「お前たち精霊使いも巨人族も、神にする力があるためガーファの魔神に滅ぼされた、と聞いたことがあるが……」


「うちたちは」「私たちは」

「最後の生き残り」

 二人が声を揃えて言った。


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