第7話 二人の少女

「私は用がある。すまないけど、少しばかり開けるよ」

「なんだ、トイレか?」

「何で分かったんだい」

 ヨーコが不思議そうに聞いてくる。

「お前は家のトイレが汚いと言って、いつもお隣さんのトイレを借りているだろう」

「あら、そうだっけ? お隣りのトイレは豪華だからね。アンタも使ってみたら」

「サッサと行け!」

 ヨーコは笑いながら部屋を出て行った。

 

 余計なお世話だ。

 そりゃトイレは汚いさ。

 大理石の豪華なトイレでもないし。

 スライムさんの世話だってお金がかかるんだよ。

 ま、しょうがないか。俺の好きでやっていることだ。


 ガタ。


 うん、何の音だ。


 ノーラとオーラは……。いるな。

 

 ガタ。


 まただ。ネズミだとやだな。スライムさんとケンカになる。


 俺は隣の部屋の扉を開けた。

「うおっ」

 驚いた。


 中にいたのは子どもだ。

 しかも二人。


 この部屋にいるってことはヨーコの連れか?

「ま、そんな所にいないで、こちらに来いよ」

 俺は二人をスライムさんの部屋に招き入れた。


「ミルポ」

「エスティ」


 二人はそう名乗った。


 二人は10代前半くらいの女子で、ほぼ同年代に見えた。


 片方の髪型はおかっぱ頭、黒髪で肌が白い。どちらかというとぽっちゃり型で、長袖と丈の長いスカートという出で立ちだ。手には魔導士用の長い杖、背中には重そうなリュックを背負っている。

 もう片方は赤毛で短髪、おかっぱ頭より若干背が低い。肌は日焼けして黒い。手足が長く、細身の体型で、服装は半袖短パン。何もかも対照的な二人だ。


おかっぱで色白、ぽっちゃりがエスティ。

短髪で色黒、ほっそりがミルポ。


「俺の名前はジョナンだ。よろしく」

 俺は常識人の務めとして、できるだけ明るく笑顔であいさつをした。


 だが二人とも軽く会釈えしゃくをするだけ。ミルポはチラッとこちらと目を合わせたが、エスティにいたってはこちらを見ようともしない。


 ……。静かな時間。いや、気まずい時間だ。


 俺はそもそも子どもと話す話題を持ち合わせていない。少女二人も黙っている。


 俺は中折れ帽をおさえた。

 とりあえず、疑問に思ったことを聞いてみるか。

「お前たちはヨーコの連れか?」

 二人はコクンとうなずく。

「エスティ、お前のリュック重そうだな。何が入っているんだ?」

 しかしエスティは下を向いたまま答えない。

 ミルポはそんなエスティをチラッと見たが、こちらも下を向いている。

「ミルポ、お前そんな格好で寒くないか?」

 今の季節、半袖短パンは寒いだろう。最もエスティの格好は逆に暑そうだが。

 ミルポは黙って首を横に振った。

 寒くない、ということか。


 こりゃ駄目だ。

 まともなコミュニケーションができない。

 スライムさんの方が、ある意味雄弁いみゆうべんに物事を語るぞ。


 そうか! 

 俺は中折れ帽を取り、髪をかきあげた。


 困ったときの動物作戦だ。

 子どもは小動物が好きだろう。女の子だったらなおさらだ。

 よし、動物作戦ならぬスライム作戦だ。


「二人とも、こっちに来い」

 俺は手招きをして二人を呼び寄せる。

「スライムさんに触ったことは?」

 二人は首を振った。

「なら触ってみろ。大丈夫、俺のスライムさんは噛みついたり襲いかかったりしない」

 二人はお互い顔を見合わせる。

「さあさあ」と、催促する俺。

 やがてミルポがおずおずとスライムさんに触れる。

「うわ、プリンプリンだ」

 ミルポの顔がパッと輝く。

「普段はプリンプリンだが、スライムさんは体質を変えられる。スライムさんに触って電気信号を送ってみろ。ああ、電気信号が分からないのか。頭の中で『スベスベしたい』と念じるんだ」


 ミルポは確認するようにエスティを見る。

 エスティはうなずく。

 それを見て、ミルポはいま一度スライムさんに触れた。

「うわっ、スベスベしてる! うちが念じたらスベスベになった!」

 ミルポは顔を輝かせ、俺に笑顔を向ける。

「そうだろ、スライムさんとは心の交流ができるのだ」

 エッヘン、スライムさんはすごいのだ。分かったか子どもたち。


 だがエスティはスライムさんに触ろうとしない。まだ怖がっているのか?

「エスティ、お前も触ってみろ。全然怖くないぞ」

 しかしエスティはこちらを見るばかりで、動こうとしない。

「さあさあ、触ってみて。さあさあ」

「……」

 こちらを見るばかりでエスティは動かない。


 なんだ、引っ込み思案じあんか?

 恥ずかしいのか?


「さあさあ、さあさあ」

「……」

 駄目だ、大人の好意を無にする奴め。こういう行動が遅いガキの相手は疲れる。


 諦めかけたその時、

「ほらエスティ、触ってみろよ。ベトベトになったり、固くなったり、プニプニになったり面白いぞ」

 ミルポがエスティに声をかける。

「……うん」

 エスティがおずおずとスライムさんに触る。


 果たしてその反応は?

 気になる俺。


「……気持ちいい」

 エスティがミルポに笑いながら言った。

 ほう、ちゃんと笑えるじゃないか。

 すると、エスティが俺にも笑いかける。


 うむ、子ども相手も、悪くない。


 しかしヨーコの奴は遅いな。女のトイレは長いと言うが、全くもって遅すぎる。


 ミルポとエスティは、相変わらずスライムさんとたわむれている。


 そうだ、あいつらはこれから「ごま塩コンビ」と呼ぼう。ごまはミルポ。塩はエスティだ。

 そう思っていたら、早速ごま塩コンビがこちらに来る。


「おっちゃん、暇だ」

 ミルポがそう言ってきた。


 おっちゃん……。


 これまたいきなり馴れ馴れしくなったもんだ。スライム効果抜群だ。

「それならスライムさんの片付けをしようか。一緒に手伝え」


「ごま塩コンビ、ここへ並べ」

 二人を俺の前に整列させた。

「いいか、これからお前らのことは『ごま塩コンビ』と呼ぶ」

「ごま?」と、ミルポ。

「塩?」と、エスティ。

「そうだ。嫌なら言ってくれ。こちらも考え直す余地はある」

 二人はなにも言わない。

 オーケー。

 この呼び名でいこう。


「ミルポはノーラを培養液の中に入れて」

 ミルポがノーラを捕まえようとするが、

「どれがノーラ?」

 ミルポには分からないか。

「エスティはそちらの青い液体を試験管の中へ」

 エスティが俺の指定した液体とは別の物を取ろうとする。

「これでしょうか?」

「それじゃない、それは紫色だ」

「どちらも同じに見えます……」

 エスティはガックリとうなだれる。


 駄目だ。一人でやったほうが速い。


 俺はさっさとスライムさんを培養ばいようえきの中に入れ、床を掃除し、棚・机の整理整頓を終える。


「いいか、お前ら。片づけ上手は段取り上手。一つ目の片づけをしている間に、二つ目の掃除のことを考えるんだ」

 俺は為になることを教えている……。

 そう思っているが、こいつらには通じているのだろうか?

「ふう~」

 俺は中折れ帽をおさえた。

 子どもの相手は疲れる。

「おい、こうやるんだぞ。わかったか」

 ……ごま塩コンビは壁にもたれてスヤスヤと寝息をたてている。

「……まあ、いいか」


 そういえば今何時だ? そろそろスライムさんたちも眠りにつく時間だ。

「おやすみなさい、ノーラ」

「おやすみなさい、オーラ」

 スライムさんに声かけをして、培養装置のフタを閉める。これで一仕事ひとしごと終了しゅうりょうだ。



コンコン、と外から扉をノックする音。

ヨーコが戻ってきたのか。

「おい、ヨーコが戻って来たぞ。起きた方がいい」

 俺はごま塩コンビを起こす。

 ごま塩コンビは眠い目をこすりながら目を覚ました。


 コンコン。


 再びのノック音。

「はいはい、少々お待ちを」

俺は扉を開けた。


 ガチャリ。


 目の前には金髪の美女。

 なぜイケニエ女がここに?


 驚く俺に、イケニエ女は拳を振り上げた。


「おっちゃん、どうした?」

 後ろからミルポの声。

 俺に振り下ろされるはずの拳がピタリと止まった。


 その隙に、俺は子ども達の方へ向かう。

 そして、子供たちを俺の背中の陰に隠した。


Copyright © 2024 Awo Aoyagi All Rights Reserved.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る