第5話 ジョナン、逃げる

 夕日を背に、こちらに迫り来る魔神。

 その手前で俺のことを見おろすイケニエ女。


 このままでは駄目だ。


 俺は中折れ帽をおさえた。

 ジョナン、現実を見ろ。敵は目の前だ。

 戦え!


 俺は覚悟を決め、再びイケニエ女を見据える。


 うん?


 いま、夕日の一部が動いたような?

 ちっちゃい点がこちらに向かって猛スピードで迫ってくる。それは魔神を追い抜き、こちらに向かって来る。


 もしかして、もしかしたらあれは。

 俺はだいだい色の物体を両手でキャッチした。


 やっぱりそうだ。アイオン!  だいだい色のアイオン! 戻って来てくれたのか。


 俺はアイオンと電気信号の交換をした。


 行け!  アイオン!


 アイオンは俺の手から離れて、イケニエ女に向かって高速移動! イケニエ女に対し、360度全方位体当たり攻撃を仕掛ける。


 しかしイケニエ女もたいしたものだ。アイオンの攻撃を的確にさばいて、ダメージを受けている様子はない。

 アイオンには「1分で戻れ」と電気信号で伝えてある。


 ちょうど1分でアイオンは戻ってきた。


「驚いたぞ。まさかこれ程までにスライムが強いとは」

 息一つ切らさずイケニエ女が言った。

「お褒めに預かり恐縮きょうしゅくです」

 俺は得意気に答えた。

「別にお前のことは褒めていない。アイオンのことを褒めたんだ」

  イケニエ女、細かい奴だ。

「俺とスライムさんは一心同体いっしんどうたい。スライムさんを褒めたということは、俺が褒められたということだ」

「お前も相当な変わり者だな」

 イケニエ女はフッと笑うと、

「先ほどの私の言葉を訂正しよう。スライムは下等で弱いと言ったが、お前と一緒のスライムさんは相当強い」

 イケニエ女さん、間違いをすぐ訂正できる良識りょうしきをお持ちのようで。


「よし、アイオン行くぞ!」


 俺はアイオンに電気信号を送ろうとした。だが……。


 ドシン! ドシン!


 そうだ、忘れていた!

 魔神の奴、もうここに来たのか。


 魔神がイケニエ女のすぐ後ろにそびえ立つ。

 いつの間にか敵兵士トルーパーにも囲まれている。


 ここはどうすればいい? 透明になって逃げるか? だがアイオンには透明になるスキルを獲得させていない。

 それならばアイオンに乗って空を飛んで逃げるか? 魔神の熱光線が怖いが、ここはアイオンに乗って逃げるのが一番良さそうだ。


「変化しろ!」


 アイオンはカチカチで平たい形に変化した。

 俺はそれに飛び乗ると、足元からアイオンに電気信号を送る。


 アイオンは俺を乗せ空高く舞い上がった。

「おっと」

 俺は頭から飛ばされた中折れ帽をつかんだ。


 そんな俺を目掛けて、魔神の目から熱光線が放たれる。


「そんなのは当たんないぜ」


 俺はアイオンに電気信号を送り、熱光線を避けながら飛行する。


 次々と熱光線を発する魔神。


 俺はその光線を避けながら城壁の外を目指す。


 あの城壁を超えればガーファの外に出られる。


 外に出たら一旦仕切り直しだ。

 スライムさんたちを集めてじん討伐とうばつへ繰り出してやる。


 夕日がもう少しで地平線に沈み、夜になろうかというその瞬間、俺は城壁の上にその人影を見た。


 イケニエ女だ。

 城壁の上にたなびく旗を竿さおごと引っこ抜き、肩の上に担ぎあげこちらを見上げている。


 あれ、なんでここに?


 イケニエ女は旗を竿さおにぐるぐる巻にすると、その感触を確かめるように右手を持ち上げている。


「アイオン、ここから離れよう!」

 慌ててアイオンに電気信号を送る。


 だがそれよりも早く、イケニエ女は手に持った旗をこちらに投げた!


 旗はアイオンを貫き、俺は真っ逆さまに城壁に向かって落ちる。


 俺は必死になって手を伸ばした。

 ガシッと城壁をつかむ。


 落下の衝撃がモロに両腕にのしかかる。

 

 今、俺は城壁の内側にぶら下がっている状態だ。

 このまま落ちてもガーファからは出られない。

 もっともこの城壁は地上から10mはあるだろう。落ちたら大怪我だ。


 俺は力を入れて自分の上体じょうたいを持ち上げる。


 落ちるのが怖いんじゃない。アイオンの状態を確かめなければ。


 俺の予想では、旗に貫かれたぐらいでアイオンは死なない。まだ助けられる。


「ぬおおー」


 俺は全身の力をありったけ集め、城壁の上におのれの上半身を乗せた。後は足を城壁の上に乗せるだけだ。


 ザシュ。


 俺の目の前に白いおみ足。しかも裸足はだしだ。


 ということは……。


 俺はスラッとした白い足を見ながら顔を上げた。


 やはりか、イケニエ女!


「よく貫かれずに無事でいたな。運だけはたいしたものだ」

 イケニエ女は俺を攻撃するでもなく、助けるでもなく、ただ見下ろしている。

「運がいい? 熱光線から逃げ切った時は、俺の悪運に感謝したんだけどな」

 それを聞いて、イケニエ女はフフッと笑った。

「あれは運ではない。魔神の熱光線で、お前をあの城壁の上へ誘導したのだ」

「何だと?」

 いい気になってアイオンと飛んでいたが、まんまと相手の術中じゅっちゅうにハマってしまった訳か。

「ここでは死ねない。アイオンを見つけるまでは……」

「あのだいだい色のスライムさんは無事だよ」

 なんと、イケニエ女からのありがたい情報提供。

「本当か。そうか、なら良かった」

「だがスライムさんは魔神に捕まった」

「何?」

「それでもスライムさんを助けに行くのか?」

「助けるなんて、こんな状況では無理だ。ただもう一度アイオンに会いたい」

 俺の腕はガクガクブルブル。力がだんだんと入らなくなってきている。

「ああ、もう一度アイオンに会いたい」

 俺は弱々しくうなだれた。

「腕が限界のようだな、助けてやろう」

 イケニエ女が俺の右腕を持ち上げる。


 なんていう力だ。

 片腕で俺を軽々と持ち上げた。

「お前を魔神のところに連れて行く。そこでアイオンとも会えるだろう」


 ……こちらの思惑おもわくどおり、俺を持ち上げてくれた!


 俺は自分の力でアイオンに会いに行く。


 左手でポケットをまさぐると、


 あった!


 魔法力と反応して爆発する手の平サイズの魔導アイテム、「魔弾まだん」。普段はスライムさんで戦うが、非常時のために常備しているのだ。


 俺は魔弾まだんを取り出すと、その黒くて丸い玉をイケニエ女に見せつけた。

魔弾まだんか!」

「さあ、爆発するぞ」

 俺は魔弾まだんを右手のリストバンドにこすり付けた。

 リストバンドに込められた魔法力と魔弾まだんが反応し、光り輝き出す。

 イケニエ女はハッとして、俺の手を離す。

 俺は魔弾まだんを上に投げる。


 きっかり3秒で爆発だ。

 その3秒間で着地し、魔弾まだんに背を向け、そして城壁の外に向かってジャンプした。


 ボン!


 魔弾まだんの爆発!


 俺は爆風を背に受け、はるか前方に吹き飛ばされた。


 大丈夫。スライムさん情報で確認済みだ。落下地点には川がある。城壁の周りは堀になっており、川の水を引いている。


 落ちても身体をぶつけることはない。


「私はお前を許さない。どこまでも追っていくからな」


 背後でイケニエ女の声がした……ような気がする。


 中折れ帽をおさえながら、俺はお掘りに落下した。


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