第2話 七色のスライムさん

 眼下にはガーファの街並み。

 

 至る所で風車が回っている。

 整然とした街並み。

 清潔な道路。

 綺麗きれいな街だ。しかしどこか窮屈きゅうくつな街だ。

 俺にとっては、この街はどこか居心地が悪い。

 それもそのはず、ここに来たのはつい1時間ほど前。最初に立ち寄った所が先ほどの占い師だ。


 しかしこの街は占い師が多いな。

 よく見ればそこら中に占い師の館がある。しかも「占い」の看板よりも、「クーポンプレゼント」「お得なチラシ配布中」といった看板の方が目立つ。


 都市国家ガーファは他国に対し、頻繁ひんぱんに戦いを仕掛けている。

 景気が良く金があるから、戦いを仕掛けているのか?

 景気が悪く金がないから、戦いを仕掛けているのか?


 そんなことを考えていたら、あっという間に大魔神像の前に来た。

 石でできた大魔神像だ。身体は鎧でおおわれている。その鎧も全身金属のプレートアーマーではなく、金属の輪をつなぎ合わせたチェーンメイルだ。

 頭には両側から角の出ている兜を被っている。


 しかしこの大魔神、なんて顔をしているんだ。


 目は黒い横長の丸。

 鼻は一本の黒い縦線。

 口は一本の黒い横線。


 なさすぎでしょ。

 

 俺は大魔神像の頭の上に降り立った。

 そしてカスリーンとアイオンを元の真ん丸のプリンプリン状態に戻す。

 さすが大魔神。頭の上もちょっとした部屋くらいのスペースがある。


「そろそろかな」

 時間は30分後と電気信号で伝えておいたからな。

 もう間もなく来るはずだ。

 

 お、来たぞ!


 大魔神像の上から下を覗き込む。

 こちらを目掛けて四方から色とりどりの物体が猛スピードで迫ってくる。

 そして大魔神像をそのままのスピードで駆け上がってくる!

 五体のスライムさんが勢い余って俺を飛び越し、そのまま空中に舞い上がる。


 黃・緑・青・あい・紫色が空中で交差する。

 

 そのまま外に向かって落下する!


「危ない!」


 俺は一体、二体とスライムさんを回収する。三体目はジャンプしてつかみ、四体目はカスリーンとアイオンに任せる。五体目は? 今まさに紫色が眼の前を落ちていく。このままでは地上まで真っ逆さまだ。


「届け~」


 中折れ帽が脱げるのもかまわず必死のジャンピングキャッチ!

 

「スライムさんは?」

 伸ばした右手を見ると、スライムさんはいない。

「まさか……落ちたのか!」

 慌てて大魔神像から身を乗り出す。

 大魔神像に紫色のスライムさんがベタッと張り付いていた。

「ふう〜、驚かせやがって」


 俺は中折れ帽を拾って頭にかぶる。

 そして改めてスライムさんを整列させた。


 赤色のカスリーン。

 だいだい色のアイオン。

 黄色のデラ。

 緑色のジュディス。

 青色のキティ。

 あい色のジェーン。

 紫色のルース。


 よし、全員集合だ。


 俺はスライムさん一体一体にタッチして、電気信号の交換をした。


 街に放ったスライムさんには、神殿の様子と、城壁の内外の様子、それからおいしい串カツ屋さんを調べさせていた。

 電気信号のパターンから、俺は集めた情報を整理する。


「そうか、生贄いけにえの儀式はまだ始まらないのか」


 神殿への人の出入り、資材の搬入状況、警備員の人数等を考えると、儀式はおよそ1時間後だな。

「それまで腹ごしらえと行くか」

 スライムさんを試験管に戻し、レザージャケットの内ポケットに入れる。

 俺はスライムさんが集めた情報を元に、一番おいしそうな串カツ屋に狙いを定めた。


「ふぅ~、食べた食べた」

 クーポン券を使い、お得に串カツを食べることができた。後は目的を果たすだけだ。


 再び大魔神像へ。

 今度はその足元に立つ。


 かたわらには真っ白な建物、大神殿。

 その中の大広間。

 ここで極上のエンターテイメント、生贄いけにえの儀式が行われるという。


 俺の目的はその生贄いけにえの儀式に参加することだ。

 ただし普通の参加方法ではないけどね。


 すでに大勢の観客が広間に群がっている。その観客の視線の先に、儀式が行われるステージがある。ステージ横には、こちらにもいました魔神像。外の大魔神像の小型版だ。小型と行っても、天井に頭が着くぐらいデカイ。

 

 そのステージでは、生贄いけにえの儀式が今まさに始まろうとしていた。壇上だんじょうには生贄いけにえが横たわり、その隣で仮面を被った神官が何やら祈りを捧げている。


 突然、頭の中に壇上だんじょうの細かい映像が映し出された。

 神官の被っている仮面は、外の大魔神像や中の小魔神像と同じない仮面だ。


 目は黒い横長の丸。

 鼻は一本の黒い縦線。

 口は一本の黒い横線。


 妙に細かいところまでハッキリと見える。

 この映像はなんだ?

 周りを見ると、観客も同じ画像を見ているようだ。


 これが噂のガーファシステムか。


 脳に直接画像を届けている。

 普通だったらこの距離だ。ステージ上の光景など遠すぎて見ることはできないだろう。


 この街に来た者は、強制的にシステムに接続されるのだろうか?

 理由はわからないが、俺の脳はガーファシステムと繋がっている。

 まあ、この街を出ればシステムも解除されるだろう。


 群衆が一斉に歓声を上げる。

 ステージ上では、仮面を被った神官の手にナイフが。

 ステージ上を行ったり来たりして、ナイフを観客に見せている。

 観客の興奮は頂点に達した。


 舞台は整った!


 はい、スライム使いの登場だ。


 俺は中折れ帽をかぶり直し、心の中で名乗りを上げる。


「カスリーン!」


 赤色のスライムさんが試験管から飛び出し、俺を包み込む。

 透明になる俺。

 続いて試験管を2本取り出す。「高速こうそく強襲型きょうしゅうがたスライム」の出撃だ。


「デラ!」「ジュディス!」


 黄色のスライムさん「デラ」と、緑色のスライムさん「ジュディス」を左右の壁に向けて放つ。デラとジュディスは目にも止まらぬ速さで人々の間をすり抜け、壁にへばりつく。


高速こうそく強襲型きょうしゅうがたスライム」は強力な酸であらゆるものを溶かす。

 俺が二体に指定した時間は3分。壁が溶け出せば人々が騒ぎ出す。それまでに下準備を終わらせなければいけない。

 

 こんどは「大規模だいきぼ搬送用はんそうようスライム」の出番だ。


 真っ直ぐ上に青色の「キティ」とあい色の「ジェーン」を解き放つ。

 二体は天井に吸い付くと、じわっと体を薄く伸ばし天井全体に拡がる。そして体の一部が触手として俺の前に垂れ下がる。


 さて時間だ。


 左右の壁が黒っぽく変色していく。

 群衆の何人かが壁の異常に気づき騒ぎ始める。しかしほとんどの観客はステージ上に関心を寄せて、その場を動こうとしない。


 壁はドロドロに溶け落ちていく。


「わー」「なんだこれは」


 壁が溶けて無くなりだした。さすがに群衆たちが騒ぎ出す。さざ波のように騒ぎが観客全体に伝播でんぱしていく。

 あとちょっとで群衆が動き出す。このままいけば群衆が一斉に走り出し、大惨事だいさんじになるだろう。


 はい皆さん、ちょっと待ってね。


 俺は「キティ」と「ジェーン」の端っこを強く握った。

 二体への「ゴー」の合図だ。


 天井にへばりついていた二体は落下した。

 大広間全体を包む大きさのまま人々の上へ落ちていく。


 名付けて、スライムボール・イン・ザ・パーク。


 スライムさんは群衆を飲み込み、巨大な球体に変化した。青とあいの透明な球体の中に、群衆たちが取り込まれている。

 中には酸素もあるし、生命の異常はない。


 みなさん、遊園地気分を味わってくれたまえ。


 スライムボールは左右に開いた穴に向かってゴロゴロ転がっていく。

 

 目は多少回るが、楽しいぞ。

 

 キティとジェーンには、一定時間でボールの形をやめ、人々を解放するように電気信号で伝えてある。

 

 これで邪魔な群衆はいなくなった。……いや、何人かは残っている。

 スライムボールの網にかからなかった連中がいるようだ。何が起こったのか分からない、という様子で突っ立っている。


 まあいいでしょう。君たちは自力で逃げてください。


 さあ、これからが本番だ。


 俺はレザージャケットの内ポケットから試験管を取り出した。


「ルース!」


 俺は紫色のスライムさん「ルース」を出した。

 ルースは試験管から飛び出すと伸びあがり、天井に張り付いた。

 そして体を細く伸ばして、俺の所まで伸びてくる。


 俺はルースの端っこをつかむ。

 ルースが俺の身体を天井に向かって持ち上げる。

 頃合いを見計らって、電気信号をルースに送る。

 天井に張り付いたルースがステージに向かって進み出す。俺の身体があっという間にステージに近づく。

 ステージ上では、神官たちが右往左往うおうさおうしている。

 さて、いよいよ生贄いけにえの儀式に俺が参加するときだ。


 もちろん、生贄いけにえの儀式をぶっ潰す!


 すると、岩と岩がこすれる嫌な音がした。

 音の出る方を見ると、ステージ横の魔神像が動き出すところだった。

 魔神像が動くと、岩が落ち、砂ぼこりが舞い上がる。


 魔神像がその長大ちょうだいな右腕を俺に向かって突き出した。

 俺は両足の裏で魔神の攻撃を受け止める!

 

 魔神が急速に遠のく。

 衝撃と身体の痛み、崩れる壁。


 身体を起こして周りを見る。魔神まで50m程といったところか。


 だいぶ吹っ飛ばされたな。こちらの動きが見えているのか?

 俺は透明だぞ!


 中折れ帽をかぶり直し、俺は天井に向かい手を突き出した。スライムさんの触手が伸びてくる。

 先ほど吹っ飛ばされる前に、紫色のルースには指令を与えておいたのだ。

 ルースをつかみ地上から離れる。


「アイオン!」


 試験管からだいだい色のアイオンが飛び出し、前上方約5m先の地点に接着する。俺がアイオンをつかむと、こんどはルースが天井からはがれる。

 振り子の原理で俺の身体は前方へ。勢いをつけ飛び上がり、ルースを天井に貼り付ける。今度はアイオンを天井からはがし、前方に移動する。その繰り返しで再びステージに迫る。魔神は目の前だ。


 さあ、ラウンド2だ。


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