第15話 錬金工場のお茶会2

「そうだ、お互い名前も知らないのでは話が進まない。私から自己紹介といこう。私の名前はリーニエだ。でもスライム使いには教えてくれるなよ。駄目かな?」

「なんで、駄目なんだ?」


 名前なんて教えたっていいだろ。むしろみんなに知ってもらうための名前なんだし。


「私は軽々かるがるしく名前で呼ばれたくないのだ。名前は重要だぞ? 私の存在の証明でもある」

 うーん。どうにもイケニエ姉ちゃん……じゃなかった、リーニエ姉ちゃんの言葉はむずかしい。

「それに、好きでもない殿方とのがたに名前で呼ばれたくないのだ」


 えっ、リーニエ姉ちゃん、今なんて?


 リーニエ姉ちゃんはうつむきながらお茶を飲んでいる。

 殿方とのがたって、男のことか。別に男から名前で呼ばれたって、どうってことないのにな。


 エスティはウンウンとうなずいている。


 え〜そうなの? と思っていると、

「私はエスティ」

 えっ、エスティ、そんなに簡単に名前を教えちゃっていいの?

 ああ、そうか。おっちゃんが大声でうち達の名前を呼んでいるものな。

 ここでウソをついて、リーニエ姉ちゃんの機嫌を悪くするのもマズイよな。


「うちはミルポ。巨人族の末裔まつえいだ」

 エスティが「えっ」という顔をする。


 しまった……。余計なことを言ってしまった。


「巨人族、そうか……」

 リーニエ姉ちゃんは目を閉じて、しばらく黙ってしまった。


「もしやエスティは精霊使いか」

 リーニエ姉ちゃんの問いに、

「はい。私は精霊使いです」

 エスティはハッキリとした口調で言った。

「やはりそうか……」

 リーニエ姉ちゃんはまた黙ってしまった。


 リーニエ姉ちゃんはなにか知っている?


 うち達は、リーニエ姉ちゃんの言葉を待った。

「私はお前たちに危害を加えるつもりはない。私が追っているのは、あのスライム使いだけだ」

「あのスライム使いの名前は、ジョナンと言います」

 エスティが情報を追加する。

「フフ、自分の追っている者の名前も知らなかったとはな。これは滑稽こっけいだ。そうか、ジョナンか。そうか……」


 リーニエ姉ちゃんはこちらを向き、今までにない真剣な顔になった。


「私はジョナンを倒したらガーファから離れるつもりだ。どうだお前たち、私と一緒に行かないか」


 何だって? エスティも驚いているようだ。

 びっくりすると同時に、怒りがこみ上げてきた。


「よせやい。アンタの国はうちやエスティの家族を殺したんだ。そんな奴のところに付いていけるか!」


 思わず言ってしまった。


「そうか、無理もないか。確かに我が国がお前たちの家族を殺したのは確かだ。だがそれは、神々の総意にもとづいて行われた。分かるか、この意味が」

「どういうことですか」と、エスティ。

「お前たちには信じられないかもしれないが、これから神々が争う時代が来る。その前段階として、邪魔な存在を潰しておこう、そういう取り決めが行われた。その結果、精霊使いと巨人族は滅ぼされたのだ。そう、どの都市国家もお前たちを受け入れることはしない。自らの身分、素性すじょうを隠し、ひっそりと暮らすしかないのだ」


 リーニエ姉ちゃんはそこで口を閉ざし、こちらを見る。そして、再び話し出す。


「それならば、私と一緒に暮らした方が何かと安全だ。どうだ」


 うちは考えた。

 この人はおっちゃんより信用できる。この申し出を受け入れてもいいんじゃないか?


 隣の部屋から聞こえた、おっちゃんとヨーコ姉ちゃんの会話を思い出した。


 二人はお金の話ばかり。うちたちはヨーコ姉ちゃんからおっちゃんに売られたんだ。そうに違いない。エスティにとっても、おっちゃんにくっついていくより断然いい。


「リーニエさん」

 エスティの声にうちはハッとした。

「あなたの真意のほどは分かりませんが、その申し出は嬉しく思います。それならば、今すぐ私たちを連れて行ってください。ジョナンさんを追いかけるのをやめてください」


 エスティの言葉にうちは驚いた。

 そんなにおっちゃんのことを心配しているのか。


 リーニエ姉ちゃんはどうする?


 難しい顔のリーニエ姉ちゃん。

「……それはできない」

「どうしてですか?」と、エスティ。

「それはできないのだ」


 リーニエ姉ちゃんは、おっちゃんを許さないつもりだ。

 こりゃ、おっちゃんには勝ち目はない。とりあえずここはリーニエ姉ちゃんに従っておこう。


「いいぜ、うちはあんたに従ってもいい」

「ミルポ!」と、エスティ。

「私はジョナンさんを裏切るつもりはありません」

 エスティはきっぱりと言った。

「そうか。ならば仕方がない」

 リーニエ姉ちゃんは素早く動くと、エスティの首を左腕でかかえこんだ。いつでも首を折れる体勢だ。


 リーニエ姉ちゃんはエスティが動かないのを確認すると、

「物分りが良くて助かる」

 そして、うちに言った。

「ミルポはエスティを大事にしているようだな。ごらんのようにエスティを人質にとった」

 リーニエ姉ちゃんは続ける。

「ならば、ミルポが私に協力することは仕方のないことだ。分かるな、エスティ」


 エスティは無言だった。

 エスティが震えている……。

 ここは覚悟を決めてやるしかない。


「いいよ、なにをすればいい?」


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