第14話 錬金工場のお茶会1

 隣の部屋にはソファが二つ並んでいて、休憩室のようだった。

 うちとエスティは隣同士でソファに腰掛ける。

 なんとなく気まずい雰囲気。

 これはうちから話しかけないと。

「なあ、エスティ。おっちゃんのこと、どう思う」

 エスティはすぐ答えなかった。


 しばらくして、

「会ったばかりで何とも言えないけれど、悪い人じゃないと思う」

「かー、でたよ、そうやっていつもいい子ぶってさ。エスティって、すぐ人を信用する。いや、信用するふりをして、自分をいい子に見せたいんだ」

「なにを言っているの。私、そんな風に思ってないよ」

「いや、絶対そうだ。今回だって、『おっちゃんに付いていこう』って言ったのはエスティだ。だからこんなドタバタに関わることになったんだ」

「私、どうしてもお父さんたちのかたきを取りたかったの。迷惑だった、ミルポ」

「エスティは何も分かっていない。うちはエスティの行くところだったら、どこへでも喜んでついていくよ。だけどエスティには傷ついて欲しくない。今回だって、裏切られて傷つくのはエスティだよ」

「大丈夫、今回は大丈夫だから」

「……」

 そう言われると、何も言えなくなる。


 うちが無言でいると、場の雰囲気がますます悪くなった。


 エスティがそれを打ち破るように話しだした。

「大丈夫、スライム好きに悪い人はいないって聞いたよ」

 それを聞いてうちの頭に、はてなマークが浮かんだ。

「スライム好きに悪い人はいない? なんだ、それ。バカみたい」

 うちはエスティを見たくなくて、後ろを向いた。


 うちの眼の前に戸棚があった。


 確かお菓子があると、おっちゃんが言っていたよな。


 歩いて戸棚まで行き、お菓子を取り出す。

 お菓子は未開封で食べられそうだ。お菓子でも食べて、この悪い雰囲気を追い払おう。


「うん、分かったよ。ごめんね、エスティ」

 お菓子はある。本当ならお茶も飲みたいところだけど、この部屋にはお湯がない。

「確かにスライム好きに悪い人はいない。それはわかる。だけど初対面だし、気をつけたほうがいいと思う。相手は男だから、用心に用心を重ねるべきだ」

「……」


 お皿は2枚、あとフォークを用意してと。


 面と向かっては言えないことも、どうでもいい作業をしながらだと言えることもある。


「本当の事を言うと、エスティにはが、にはエスティがいるのに、何で保護者が必要なんだと思う」

「……」

「ヨーコ姉ちゃんの所から一緒に逃げたとき、別の大人に頼ろうとしただろう。それがいけなかったんだ。結局通報されて、ヨーコ姉ちゃんの所に戻された。あの時も、相手は男の大人だった」

「……」


 エスティは何も答えない。このままだと会話が一方通行だ。


「なあ、エスティ。何か言って」


 うちが振り向くと、ソファには真っ青な顔のエスティがいた。


 それともう一人。


「フム、お前の言うことは至極しごくもっともなことだ」

 イケニエ女は真面目な顔で言った。



「あ、あんた、イケニエ女……」

 あまりのことに、言葉が出ない。

「……」

 エスティも硬直こうちょく状態だ。


 イケニエ女の服装はというと、薄い毛布の真ん中に穴を空け、そこに頭を通し、腰のあたりで縛っているだけ。昔、父ちゃんに教えてもらった原始人みたいな服だ。


「ああ、この格好かっこうか」

 イケニエ女は苦笑いした。

「そこのお嬢さんの魔法陣に吸い込まれて、服を無くしてしまってね。しょうがないから、してあった毛布を失敬しっけいしてきたのさ」

 そう言うと、イケニエ女は立ち上がった。

「私は露出狂ろしゅつきょうではないが、有事ゆうじさいだ。おぐるしいかも知れないが、ご容赦ようしゃ願いたい」

 おぐるしいだなんて!


 イケニエ女……いや、イケニエ姉ちゃん! すごい魅力的だ。


 背が高い。身長はおっちゃんくらいあるんじゃないか?

 髪の毛は金髪で、腰のあたりまで伸びている。

 手足は長くスラッとしている。

 顔は小さく、その青い目はパッチリとしている。

 胸が小さすぎず、大きすぎず、腰周りも引き締まっている。

 まさに理想の女性だよ。


 そんなことを思っていると、イケニエ姉ちゃんがこちらに歩いてくる。


 何?! と思っていると、後ろの戸棚からカップとポットを取り出した。

「この水は飲めそうだな」

 イケニエ姉ちゃんは、部屋の片隅に置いてあった水瓶みずがめからポットに水を移す。

「ムン!」

 イケニエ姉ちゃんの持っているポットから、たちまち湯気が立ち上る。


 うちはその光景をぼーっと見ていた。


 なんだか現実ではない、そう思ったからだ。


 イケニエ姉ちゃんはテーブルにお菓子とティーカップを置くと、三人分のお茶を用意する。

「さあ、お茶でも飲みながら、今後のことを話そうじゃないか」

 イケニエ姉ちゃんはにこやかに笑った。


 うう、こんな状況、笑うどころじゃない。

 エスティも同様だろう。


 イケニエ姉ちゃんは、うち達を並んで座らせた。そして、向かい側に座る。


 イケニエ姉ちゃんはティーカップを持ち上げると、一口、お茶を飲んだ。

「パキスタ産アミスタ茶葉の芳醇ほうじゅんな香り。まさかこんな場末ばすえの工場でこの味が堪能たんのうできるとは。これはラッキーだ」


 パキスタ産? アミスタ茶?

 さっぱりわからないな。


 イケニエ姉ちゃんはティーカップを置いた。続いてお菓子を食べる。

「これはカチスタ産ガリアクッキー。お土産みやげとしても有名な逸品だ。この工場の誰かが、旅行にでも行ったかな」


 カチスタ産……。

 どこですか? そこは。


 イケニエ姉ちゃんは改めてうちとエスティを見た。

「さあさあ食べなさい。ここはリラックスして、私の話を聞いてほしい」


 そう言うと、イケニエ姉ちゃんは深いため息をついた。


「私もここ数日、ろくな食事を取っていないし、ろくなところで寝ていない。私にとってもこの時間はリラックスタイムだ」

「あの……」

 エスティが口を開いた。

「先ほど、ポットのお湯を温めたの、あれは魔法ですか」


 イケニエ姉ちゃんはうなずく。


「私の家系は代々炎を操る力がある。その力をちょっとだけ使ったのさ」

「でも、魔法は各地の神殿によって厳重に管理されているはずでは……」


 イケニエ姉ちゃんはしばらく目をつぶって、考え事をしているように見えた。


「各都市の神殿は、世の中が乱れるのを防ぐために魔法を管理下に置いた。だから市井しせいに魔法は存在しない。ちまたに溢れる魔法は、魔石に封じられた魔法を解放しているだけだ。その魔石は神殿が管理している。どこの都市国家も似たようなものだ。だけど私やお前のように例外もいるということだ」

 イケニエ姉ちゃんはエスティを見ながらそう言った。


「そちらのお嬢さんは、魔法とはまた違った能力をお持ちのようだ」

 今度はうちを見て言った。


「だから、私がポットのお湯を沸かしたのは三人の秘密。いいね」


 イケニエ姉ちゃんはそう言うと、ウインクをした。


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