第16話 魔王アルベルト・ルーフェイ

「フェルリアン・ノルディ。このフィレーネ王国第一王子だったか? 」


アルがそう言った途端。

ポン! と暗紫色の光が弾けた。


わ!


眩しくて目を細める。

狭くなった紗良の視界に羽の生えた黒い物体が……。


「魔素が足りぬな。」


憮然とした声で黒い羽の生えた蜥蜴もどきに変身したアルが言った。


「うわー。蜥蜴もどきに戻った。ちょっと、あんまり近付かないでよね! 」


昨日よりデカくなっていない?

元から普通の蜥蜴よりはだいぶ大きかったけど、これは……子犬くらいの大きさでは?


紗良はアルから距離をとろうと背中の方へ身体をずらした。


「あ、こら、落ちるぞ! 」


アルの鱗のある黒い手が紗良の腕を掴んだ。


ゾワッ! ゾゾワゾワワッ!


「う、ぎごふごふふご(ぎゃあああああ! )」


紗良の顔にアルが覆い被さった。


ぶっおおっ!

気持ち悪い!


蜥蜴が紗良の顔の上に乗っているのだ。

ひんやり鱗の感触に全身総毛立つ。


「いい加減慣れろ! それに俺はドラコンだと何度言えば理解できる? そして、だ、ま、れ! 」


アルは紗良を軽く睨むと、紗良に解らせようとしているのか、ゆっくりとはっきりした口調で言った。


「この姿になる度に悲鳴を上げられるのは敵わん。」


ひょええ。


生理的嫌悪と戦いながら紗良は涙目でコクコク頷いた。

とにかく一刻も早く退いて欲しい。


「それにだ、良いのか? 俺と神官が鉢合わせすれば戦闘になるぞ。」


ひぃ!

確かに! ジークリオンたちは魔王に立ち向かい封印する為に聖女を召喚したのよね!


「まさか、聖域でもある神殿に俺が侵入しているとは思いもよらないだろうが。」


蜥蜴もどき……慣れるためにドラコンに脳内変換するの頑張るかな。デカくなったから多少はドラコンに見えなくもない。


ドラコンは得意気に胸を張っていた。


この魔王アルベルト・ルーフェイは紗良の知る『月光の贄姫』の彼のイメージからだいぶかけ離れていると思う。


『月光の贄姫』の彼は酷く残虐だった。

彼の歩いた跡は常に朱色に染まっていた。

次々とその深紅の瞳に映したモノたちを屠っていく姿は無慈悲で冷酷で……返り血を浴び、凄惨な光景の中に佇む魔王アルベルト・ルーフェイは……心が悲鳴を上げるほど美しかった。


アルは紗良が静かになったのを確認して、漸く、紗良の顔から降りた。


「ハァ、ハァ、ハァ……。死ぬからね。息できなくて死ぬかと思ったよ。」


「お前が悪い。」


アルが呆れたように言った。


ほらね。こんな魔王アルベルト・ルーフェイは知らない。初めて会ったときに『嘘! 』って思ったもん。


冗談みたいに……気さくすぎない?

魔王に抱くはずの恐怖を感じない。

血を吸われた時でさえ……感じなかった。


この世界に来てからたまに感じる


自分の中に広がるモヤモヤとした違和感が何なのか紗良にはわからなかった。


「で? 」


「で? とは? 」


何やら促されて紗良はポカンとする。


「フェルリアン・ノルディに惚れているのか? 」


あー、そういえばそんな質問されてたんだった。

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