第32話 聖女は嗤う

 魔王により五つの村が凍らされてから数日後……。


 真理亜は王宮の中でいつも通り優雅にすごしていた。


 少しソファに座って微睡んでいると、気を抜いたメイドたちがコソコソ噂話をしているのが聞こえてきた。


「ふふふっ」


 紗良が襲撃されて瀕死の状態?


 真理亜は、思わず笑みを浮かべてしまった。

 慌てて手で隠したけれど。


 いい気味だわ。


 何の力もないくせに、ジークリオン様の関心を引くからバチが当たったのね。

 そもそも、聖女は真理亜1人で良いのだから、余計な者は排除されるべきなのよ。


 誰が襲撃してくれたのかしら?


 悪運が強いことに紗良は一命を取り留めたらしいけれど。


 もう一度、今度こそ紗良を殺ってくれないかしらね?


 紗良が居なくなれば、自ずとジークリオン様は真理亜の元へ来るだろう。


 私が唯一の聖女なのだから。


 世界を救うのは聖女真理亜。

 魔王を封印できるのも聖女真理亜。

 皆から愛されるのも聖女真理亜。


 ここは、真理亜の世界。ヒロイン聖女真理亜だけの世界なのだから。


 それにしても、このところ王宮が騒がしいのは紗良のせいだったのかしら? 

 聖女でもない女が瀕死なだけで、こんなに騒がしくなるもの? 


 それに、少しフェルリアンさまの足が遠のいている。

 毎日来ていたのにおかしいわ。




 真理亜の部屋は限られた者しか出入りができなようになっていた。

 王族と同じ、いやそれ以上に厳重な守り。


 そして、それと同時に情報の制限も……。


 何しろ、聖女は異世界人。この世界に召還と言えば聞えが良いが拉致されてきたのだ。聖女には気持ちよく使命を果たしてもらわなければならない。この世界のために。


 秘匿されている王家に伝わる不文律がある。『聖女は甘美な檻に入れて愛でよ』

 

 真理亜には、王宮の外で人々が天変地異と騒いでいることも魔王によって凍らされた村があることも知らされてはいなかった。




 真理亜はテラスに通じる窓から外を眺めた。


 今日も天気が悪いわね。


 空は暗く厚い雲に覆われ、雨か、雹か、雪なのか良くわからないものが降り続けていた。


 時折、雷鳴が轟く。

 しかも、ここ数日で急に寒くなった。


 憂鬱だわ。


「聖女真理亜さま、ノルディ殿下がお越しです」


 まあ! 


 真理亜の顔がパーッと笑顔になる。


 フェルリアンさまが私に会いにきてくれたわ!


 フェルリアンさまの訪れを告げた修道女は、真理亜の機嫌が良くなったのを見てホッとした。


 このところ目に見えて真理亜の機嫌か悪く、真理亜に使える者たちはピリピリしていたのだ。


『聖女さまには心安らかにお過ごしいただきたい』


 これが、真理亜に使える者たちの総意だった。


 そして、実は、聖女真理亜が、紗良の存在に憂えていることを知った修道女の一人が、狂信的な聖女真理亜の信奉者にそれを伝えた結果、紗良が瀕死の状態となってしまったのだったが……今は未だ襲撃した本人以外誰も知らなかった。

 




 程なくして、フェルリアンが真理亜の部屋へやってきた。


 美しい黄金の髪と深い青色の瞳……

 

 なんて麗しい。


 フェルリアンに見とれながらも、彼が自分の元へやって来たことに真理亜の自尊心が満たされる。


「少し慌ただしくて、なかなか此方へ伺うことができなかったのです。聖女真理亜さまはお変わりありませんか?」


 フェルリアンは優しく微笑んだ。


「はい。でも、フェルリアンさまがいらっしゃらなかったので淋しかったです」


 真理亜は甘えるように身体をくねらせた。


「それは、貴女に悪いことをしましたね。私を許してくださいますか?」


 フェルリアンは真理亜の手を取りその指先に口づけた。


 真理亜はフェルリアンからまるでお姫さまのように扱われて、歓喜した。


「もちろんです! フェルリアンさま!」


 真理亜の返事にフェルリアンは周りをうっとりさせるような艶やかな微笑を浮かべた。


 真理亜の心臓は壊れそうなほどドキドキした。


 ああ、フェルリアンさまを早く私のものにしたい。


 真理亜はフェルリアンが欲しくてたまらなかった。


「聖女真理亜さまにお話があります」


 フェルリアンは目を伏せた。長い睫毛が揺れる。それすらも色っぽく……真理亜は目が離せなくなる。


 欲しい、欲しい、フェルリアンさまが欲しい。


 ああ、どんな表情もフェルリアンさまは美しいわ。


 真剣な面持ちになったフェルリアンさまも。


「落ち着いて聞いてください。貴女と一緒に召還された紗良さまが襲撃されたのです。」


 知っているわ。


 心のなかでほくそ笑む。


 喜んでいるのを悟られないようにしなくては。


「どういうことですか?紗良さんは大丈夫なのですか?」


 真理亜はフェルリアンの話にショックを受けている振りをした。


 身体の力が抜けてしまったように見せかけて、フェルリアンにしなだれかかる。


「大丈夫です。まだ、意識をとりもどしてはいませんが」


 フェルリアンは真理亜を抱きとめた。


 ああ……フェルリアンさま。


 フェルリアンの逞しい身体に触れて真理亜の身体は熱くなる。


「聖女真理亜さまにお願いがあるです」


 フェルリアンは真理亜を抱きしめながら労るように真理亜の頭を撫でた。




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