第33話 眠りの中の紗良
真理亜はフェルリアンのお願いを叶えた。
その日、神殿の前に厳重に警備された王家の馬車が止まった。
その中から純白の聖衣に身を包んだ聖女真理亜が現れた。
神殿の周りは救いをもとめる民衆で埋め尽くされていた。
聖女の登場にどよめく人々に真理亜は微笑みかける。
自分が一番美しく清らかに見えるような微笑みで。
「「「おおお! 聖女さま!」」」
「「「聖女真理亜さま!」」」
「「「私たちをお救いください! 聖女さま!」」」
真理亜を見た人々が口々に声を上げた。
これで、自分たちは救われる! 聖女さまのお力でこの悪天候や魔獣たちの脅威から逃れられる!
人々はそう信じた。
真理亜は自分に救いを求める人々を見て悦に入っていた。
そして、聖女である自分に陶酔した。
自分はフェルリアンさまからお願いされてここにいるのだ。
『貴女のお力で、迷える私の民を救ってください』
フェルリアンから甘い声で囁くようにそうお願いされた時、真理亜はその心地よさに身体がゾクゾクと震えた。
何て甘美な……。
フェルリアンの乞うように真理亜を見つめる瞳がトロリと蕩け、真理亜は身体の奥が熱く疼くのを感じた。
ああ、もっと欲しい。
フェルリアンさまからもっと乞われたい。
「はい」
真理亜が顔を火照らせ潤んだ瞳を揺らしながらフェルリアンに頷くと、フェルリアンが真理亜を抱きしめている腕にギュッと力を込めた。
「……感謝する」
熱い抱擁に身体が溶けそうになる。
ドクン、ドクンと真理亜の心臓は音を立て、フェルリアンの温もりと香りに身体が甘く痺れた。
もっとよ、もっと乞いなさい。
真理亜は、フェルリアンが自分に縋る様を想像してウットリとした。
ふふふ。
真理亜はその時のことを思い出すだけで笑みがこぼれそうになる。
もっと崇めなさい。もっと求めなさい。
あなたたちを救えるのは聖女真理亜だけなのだから。
真理亜は、自分を一心に見つめ祈る人々を一瞥した。
『おおお! すごい!』
ふわふわと漂いながらその様子を空から眺めている者がいた。
肩でサラサラと揺れる黒髪。興味深そうにキラキラと目を輝かせた少女……もう一人の聖女(不確定)紗良だった。
紗良は気がついたら宙に浮かんでいた。
『何で、浮いているの?』
そして……
周りを見回して驚くことになる。
何と、自分がベッドの上で眠っているのが見えたのだ。
『うわあ! これ何なの? 私がもう一人いる! 嘘おお! これって、まさかの幽体離脱う?』
紗良はプカプカ宙を漂いながら、思い起こす。
どうして、こんなことになってるの?
『うーん。朝、早起きしたから散歩することにして……花畑に……ん?』
…………!
何か痛かったのを覚えている。
……あー、グロっ!
口から溢れるほどの血が……うわ!
『……私、死んじゃったの?』
そこから、どうなったのかよくわからない。
気がついたらこの状態なのだから。
でも、見た感じ……
紗良は寝ている自分の傍に降り立ち、自分を観察する。
胸の辺りが規則正しく上下に動いている。
『一応、生きているみたいなんだけど』
うーん。
どうしよう?
どうすれば自分の身体に戻れるのかわからない。
いや、まって?
これって、夢かも?
現実的に考えて、この状況ってあり得ないでしょう?
うん。そうだよ! 夢だよ。夢に違いない? そう夢! 夢。
『うーん。そしたら、折角宙に浮かぶことができるのだし、あちこち行ってみようかな?』
ちょっと、楽しくなってきた!
取り敢えず、神殿の外へ向かった瞬間、紗良は引き寄せられるように、ものすごいスピードでここへ飛ばされてしまったのだ。
『やっぱ、真理亜さん板についた聖女だわ』
紗良は感心しながら真理亜を目で追っていた。
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