第19話 女神フィーレ聖神殿

初めて見たこの世界は中世ヨーロッパのような町並みだった。何と驚いたことに、モフッとした耳や尻尾のある者やエルフのように耳の長い者がいたりしてまさに歩く人々皆そんな感じに色々で……ファンタジーだったの。


馬車の窓から外を眺める紗良の目はキラキラとしていた。

ジークリオンは彼女の前の座席に座ってその様子を微笑ましく見ていた。


「私の世界とは全然違うんですね。」


紗良は見るもの全てが新鮮で面白くて珍しくて楽しくて堪らなかった。

それで、思わずジークリオンにニコニコしながら話しかけていた。

ジークリオンは彼にしては珍しく肩の力の抜けた素直な微笑みを浮かべた。


「それほど違いますか? 紗良さまはとても楽しそうですね。」


「はい! すごいです。異世界って感じがします。」


明るい表情でこたえる紗良にジークリオンは眩しそうに目を細めた。


「私たちからすれば、紗良さまの世界が異世界なのですよ。この世界を気に入ってくださると嬉しいのですが。」


そうか。そうだよね。ジークリオンたちはこの世界で生きているのだから。


活気のある街の賑やかな音が耳に心地よく響く。


「街を歩いてみたいなあ。」


自由にこの世界を歩いてみたい。今のところ元いた世界には帰れなそうだし。それなら楽しみたいと思う。

思えば……元いた世界のことを考えて憂えることがなかった。紗良の世界から紗良は消えているはずで、もしかしたら捜索願とか出されているかもしれなくて、今、本当に今思い出したのだけれど、紗良の家族が心配しているかもしれないのに。なぜか心を乱されることがない。奇妙にも落ち着いていた。


「やっぱり……夢の中にいるみたいだ。」


紗良はポツリと言葉を落とした。


その言葉をジークリオンは耳で拾った。


「夢ですか? 確かにあなたにとっては夢のように感じてしまうのかもしれませんね。幸か不幸か現実ですが。」


紗良が窓からジークリオンに顔を向ける。

ジークリオンは静謐な湖のような瞳で紗良を見詰めていた。透き通るほどの淡い青。そこに紗良が映り込んでいた。


すごく綺麗だ。

瞬きすらできず引き込まれるように目が離せなくなる。


すごいなあ。ジークリオン。さすが攻略対象者……。


頭の隅にいつもある言葉が浮かんだ。

紗良にとっては未だここは非現実。だから、ジークリオンも生身の男には見えなくて、感覚的には観賞対象になってしまっているようだ。


ドキッとしたり、心臓がばくばくしても……それ事態が当たり前。なにせ攻略対象なのだから。


ジークリオンは気遣わしげに首をかしげ、その拍子にサラサラと銀色の髪の毛か揺れた。


本当に綺麗だ。


いくらジークリオンの美しさに慣れたとはいえ、こんな風に溢れ出て不意に襲ってくる美しさは凶悪だ。

目が離せなくなるとか恥ずかしすぎる。


紗良は狼狽えた。


「紗良さまは、私がお守りします。ご心配なことや、ご要望がございましたら私にお話しください。」


ジークリオンは、そっと紗良の手をとりその指先に唇を落とした。


ひやっ!


「玉は砕けてしまいましたが、あなたは誰が何と言おうと間違いなく聖女さまです。」


伏せ目がちに紗良を見つめる瞳が揺れる。


何という美しさの暴力!


紗良は顔が真っ赤になった。


ヤバい。ヤバい。ジークリオン……色気まで半端ない。


指先にジークリオンの唇の感触が生々しい。


「ジークリオンさま……それ……

恥ずかしいです。」


紗良は俯いてしまった。


無理。堪えられない。……これが攻略対象者の破壊力なのか。これを自然としてしまえるジークリオン……怖い。


「それは、失礼いたしました。」


ちょっとだけ涙目になってしまった目で紗良が顔を上げると、ジークリオンは再び紗良の指先に唇を落として微笑んだ。


「お可愛らしい。」


ひっ。


ジークリオンがその美貌と色気で私を殺しにきている。


もはや凶器……。


ジークリオンは、顔を真っ赤にして涙目でプルプル震えている初な紗良の様子を好ましく思った。


そして、もう一人の聖女真理亜さまについて考えを巡らす。


同じ聖女でもこれほど雰囲気が違うとは……。

聖女真理亜さまは、自分が聖女であるという自覚からか傲慢さが見受けられる。しかし、その聖女然とした態度が周りの者たちに頭を下げさせ、彼女を崇めさせた。そのせいで、実は神殿の一部の者たちの間に紗良さまは偽物の聖女であるという噂が流れ、紗良さまの身の回りの世話を任せた修道女が紗良さまに無礼な態度を取ったことが後から判明したのだ。これは、ジークリオンの失態だった。


そして……。

聖女真理亜さまはジークリオンやノルディ殿下に媚びるような仕草をする時がある。紗良さまの初さとは違っていささかある種の男女の駆け引きに長けているところがあるように思えた。


ジークリオンの目には、贔屓をするわけではないが、紗良さまが清らかで穢れのない尊い者に映っていた。



……穢れのない美しい魂を持つ者に。






そうして、暫く後、

ジークリオンの住まう『女神フィーレ聖神殿』に到着したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る