第28話 王宮騒然
王宮へその一報が飛び込んできたのは、午前の公務が始まる前だった。
「どうしたの? あなたが慌てるなんて珍しいね?」
金色の髪と深い海色の瞳を持つフィレーネ王国第一王子フェルリアン・ノルディは、足早にやって来る王国騎士団団長セドリック・バーミリオンを一瞥した。
朱色の髪の彼はフィレーネ王国最強の騎士だ。どの様な戦場においても冷静沈着。口数も少なく時に冷淡な印象を周囲に与える。
その彼が少なくとも焦っているように見えた。
セドリックはフェルリアンの側までくると跪いた。
「ご報告いたします。女神フィーレ聖神殿におられた紗良さまが、弓矢に射貫かれ瀕死の状態と」
フェルリアンの脳裏に少し挙動不審だった紗良の愛らしい姿が浮かんだ。
元来フェルリアンは女性からの人気が高かった。腹のなかはともかく外面の良いフェルリアンは、優雅で優しく煌びやかな王子さまとしてウンザリするほどの好意を常に向けられていた。
……彼女は少しちがったか。
フェルリアンは思い起こす。
紗良は、フェルリアンの外面だけを見てはいなかったように思う。終始、フェルリアンに見惚れてはいたが、それだけではなかった。フェルリアンの本質に触れながら、それさえも好意で受けとめてはいなかったか?
フェルリアンの瞳の奥……凍るような瞳でさえ蕩けるような顔をして見ていた。目が合うと反らしていたが、食い入るようにフェルリアンを見つめるニヤけただらしない紗良の顔が瞼に浮かんだ。
フェルリアンにあざとく媚びるような好意を向けてくる聖女真理亜とは違い、ある意味清々しい好意だった。
聖女真理亜には聖女としての力がある。それはこの国に、いや、この世界に必要なものだ。
だが、聖女真理亜と紗良を比べれば紗良の方を好ましく思う。
心根のよさそうな娘だった。
紗良が聖女と証明されなかったために王家としては、聖女真理亜だけを庇護することにした。
今のところ、紗良には何の力も無さそうだった。故に、力が発現するか聖女と証明できなければ、只人として適当な時期に放逐される予定だった。だが、断固として反対した者がいた。教皇であるジークリオン・オブリージュだ。
ジークリオンは、紗良が例え聖女だと証明できなくとも、間違いなく聖女だと信じているようだ。
紗良は、聖女の力を発現できるかどうか見極めるため暫くは王家の指示により守られる。しかし、その後をジークリオンは憂慮した。放逐されて聖女に何かあったらどうするのだ? と。
だから、ジークリオンは紗良を自分で保護することにしたのだ。
……それなのに
どういうことだ!
紗良が瀕死? 弓矢と言ったか? 聖女と証明はされていなくとも、現段階においては要観察者だったはずだ。それを害するということは、王家の意に反する行為でもある。
「ゼドリック、必ず襲撃者を捕えろ」
ジークリオンが言うように紗良も聖女であれば、死なせるわけにはいかない。
それに……何故だ?
フェルリアンは自分の胸に手をあてる。
……胸がおかしい。
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