第29話 動揺
ジークリオンの全ての機能が停止した。
呼吸も、
心臓の拍動も、
思考も、
何もかも……。
世界が凍りついてしまうような感覚がジークリオンを呑み込んでいく。
駆けつけたジークリオンの足元には……目が覚めるほど鮮やかな赤い花々に埋め尽くされた紗良が横たわっていた。
真っ白な顔、閉じられた瞼、青ざめた唇、胸を染める赤。
赤、
赤、
赤。
ジークリオンの心が悲痛な叫び声を上げた。コントロールできない感情の激流に我を忘れそうになる。
なんとか理性でそれを押しとどめたジークリオンは紗良の傍らに跪いた。
……紗良さま。
白い修道服が赤い。
ジークリオンはそっと紗良の手を取った。
冷たい紗良の手。
どうか、どうか、
女神フィーレ様……紗良さまをお救いください。
目を閉じて、祈りを捧げる。
聖女紗良さまをこの世界から取り上げないでください。
ジークリオンは、紗良に自分の持てる全ての神聖力を注いだ。
眩い金色の光が紗良を包み込む。
紗良の傷は深い。
どうか、どうか、
紗良さまのきらきらとした瞳を
楽しそうに口許を綻ばせた紗良さまを
どうか、もう一度……。
「ジークリオンさま! それ以上神聖力をお使いになっては命の危険が!」
ラシェル・アルメイダが血相を変えてジークリオンに取り縋った。
「いいえ。構いません。それで紗良さまが回復されるのであれば!」
「駄目です! おやめください!」
ラシェルはジークリオンの腕を掴み紗良の手から離そうとした。
「聖女でもない者の為にジークリオンさまがここまでする必要はありません」
ラシェルの言葉にジークリオンは凍えるほど冷たい眼差しを向ける。
ラシェルはたじろいだ。
こんなに怒った表情のジークリオンをラシェルは初めて見た。
「紗良さまは聖女です」
ジークリオンの強い視線がラシェルに突き刺さる。
……そんな。
ただニコニコと呑気に笑っていた何の力も無さそうな少女。
何故この神殿に来たのかと疎ましく思っていた。
来るのなら正真正銘の聖女真理亜さまであるべきだった。
正直、ジークリオンさまも上から押し付けられ自分と同じ考えだと思っていた。なのに……。
ジークリオンさまは本気で紗良さまを聖女だと思っている。
神聖力を使いきることを躊躇いもしない。
神聖力は教皇ジークリオンさまだけが使える女神さまから与えられた尊い力。
だが……。
使いすぎると身体に負担がかかって死んでしまうこともあるというのに。
肩で息をしながらジークリオンは神聖力を紗良に注ぎ続ける。
「私が代わります! ジークリオンさまお願いです! このままではジークリオンさまの命まで……」
「私の命で紗良さまが助かるのならば、いくらでも捧げましょう」
ラシェルはジークリオンの言葉に強い決意を感じてたじろいだ。
本来ならば、治癒は光魔法を得意とするラシェルの仕事だった。
必死の形相で祈りの間から飛び出して駆けて行くジークリオンに、ただならぬ気配を感じてラシェルは後を追ったのだ。
そして、胸元を血で真っ赤に染めあげ花に埋もれるようにして倒れている紗良を見つけた。
白い花が紗良の血で鮮烈な赤い色になっていた。
これほど、血が流れれば助からないだろうと思った。
聖女でもない、もとから気に入らなかった娘だ。これで一つ面倒なことが消えたとさえ思った。
その瞬間まで。
ジークリオンが跪いて脇目も降らず自ら命を削るほどの神聖力を紗良に注ぎ始めるまで。
……治癒はラシェルの仕事なのに、ラシェルは動かなかった。
紗良を聖女ではないと侮っていたから。
国が扱いあぐねたただの厄介者だと思っていたから。
しかし……これは。
ラシェルは首を垂れて、ジークリオンの隣に跪いた。
そして、紗良の身体に手を翳した。
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