第30話 魔王

 漆黒の服に身を包んだ長身の男が佇んでいた。黒く長い髪が白く美しい顔を際立たせている。男の深紅の瞳に影を落とした長い睫毛が僅かに揺れた。


「……お前は俺のものだと言っただろう?」


 男の目線の先、ベッドに横たわっている黒髪の少女を男は叱った。


 色のない顔の少女は目を閉じている。

 いつものように男に憎まれ口を叩くこともない。


「……まあ、いい。紗良、お前は暫く眠っていろ」


 男は、酷薄な笑みを浮かべた。





そして……

その時より、フィレーネ王国から太陽が厚い雲に覆われてその姿を消した。


急激に気温が下がり寒い日が続くようになると、当然のように冷たい雨が降り注ぐようになった。


正に天変地異。


人々は何が起こったのだろうと恐れ戦いた。


誰が最初に声を上げたのか?


「聖女真理亜さまに救っていただこう!」


 人々が神殿に詰めかけた。

 各地の神殿周辺は人々が溢れて大混乱となった。


 更に、辺境の森から魔獣が頻繁に現れるようになると、国が傾きそうになるほど混沌とした状況になった。


『遂に、復活した魔王が活動を開始したのではないか?』


 そんな、噂が一気に広まった。





 その様子を遥か上空から見下ろしている男がいた。

 ……男の名は、魔王アルベルト・ルーフェイ。


 魔王アルベルトは、ほんの少し目を離した隙に自分のものが害されて怒り狂っていた。


 天災自体は魔王アルベルトの起こしたものではなかった。

 聖女を害する者がいたことを憂えた女神フィーレの御業だった。

 意図があったわけではなく、女神フィーレは悲歎しただけだったのだが、思いの外……影響は甚大なものとなってしまった。

 そこに魔王アルベルトは便乗した。魔獣を王国に放ったのだ。


 ……愚かで下劣な人間どもめ。


 地上を見下ろす狂気を孕んだ恐ろしい形相の魔王アルベルトに大気が震えた。


 ……私のものによくも手をだしたな。


 魔王アルベルトは冷酷な気を惜しげもなく放ち更に周囲の温度を下げて行く。


 魔王アルベルトが地面に降り立つと足を落としたところから凍りついていく。それはピシピシと音を立てながら広がり、近くの森と川と五つの村を凍らせた。

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