第26話 祈り

 紗良は昨日子どもたちと遊んだ花畑へ行くことにした。


 早朝の澄んだ空気を感じながら歩みを進めるのはとても気持ちが良かった。

 自然と紗良の口許が綻ぶ。


 ここへ連れてきてもらって良かったのかもしれない。

 昨日まで鍵のかけられた部屋で囚われ人のようだった。それがどう? 神殿の敷地内とはいえ散歩をしているなんて夢みたいだ。


 フフフン~


 鼻歌混じりにハミングをしていることに気がついて紗良は笑ってしまった。


 朝からテンション高過ぎだよね?


「……あれ?」


 ふと、視界のすみで何かが動いた気がした。


 誰かいる? 


 目的の花畑はもう目前だった。


 昨日紹介された修道士の誰かかな? 紗良と同じ早起きさん? まあ、いいか。何かあれば声をかけてくるよね?


 紗良は本来の能天気さを発揮。気にしないことにして花畑に足を踏み入れた。


「わあ!」


 なんでえ! 


 昨日よりも花がいっぱい咲いていた。瑞々しく生命力に溢れている。何だかキラキラ輝いているみたいだ。


「……すごい! どうしたの? あなたたち!」


 思わず紗良は花々に話しかけてしまう。

 ……紗良は家で観葉植物に水やりしながら話しかけるたちだった。


 紗良の声に応えるように咲き誇る花々から金色の光の粒子がフワッと空へ舞い上がる。


 花粉? 

 胞子?

 異世界のの花ってすごいのね……。

 夢みたいに綺麗だ。


 紗良は明るくなってきた空を仰いだ。


 この解放感!


 穏やかな日々をおくれるといいなあ。

 少しくらいのんびりしたいし。

 この異世界へ来てから実はまだ一週間も経っていないんだよね。

 むしろ来たばっかり?


 紗良は、クスクス笑ってしまう。


 中身が濃すぎてもう……

 お腹いっぱい。


 柔らかな紗良の顔。



 プスッ!


 突如として世界が動きを止めた。




 紗良から表情が消え、輝いていた瞳が虚ろになった。


 ……コプッ。


 紗良の唇から赤いものが溢れる。


 熱い……痛い……苦し


 紗良は色とりどりに咲き誇る花たちに抱かれるように崩れ落ちた。


 


 

 

 神殿の祈りの間では、女神フィーレ様に朝の祈りをジークリオンが跪いて捧げていた。


 今日はジークリオンは王宮へ行くことになっている。

 なんでも、聖女真理亜さまがジークリオンに会いたいと仰っているらしい。聖女と確定した今、王家の庇護下にある聖女真理亜さまに私ができることは少ない。それよりも、聖女であることを証明できなかった紗良さまにこそ私が必要だと思うのに。


 キィィィーン!


 不意に頭の中に金属を打ち鳴らしたような音が響いた。


「……っ」


 何という不快な音か……。


 ジークリオンは眉間に皺を寄せてその不快感を堪えた。


『……急ぎなさい。失わぬようにしなさい』


 天啓……?


 ジークリオンの頭の中に言葉が落ちてくる。


 女神フィーレ様の尊い神気を感じて背筋がゾクリとした。


 その途端、紗良さまが血溜まりのなかに倒れている光景が頭に浮かんだ。


 っ、紗良さまっ!


 ジークリオンは勢い良く立ち上がると走り出した。


 ジークリオンの心臓が壊れそうなほどドクドクと早鐘を打つ。


 紗良さまっ! どうか、どうか……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る