第25話アルのばか

 信じられない!

 猫とディープキスとか……。

 うわああ! あり得ない! アルのばかばかばかっ!


 昨夜は……何がなんだか。

 気がついたら朝だったんだけれど、寝る直前くらいまでの事をちゃんと覚えていた。


 何してくれちゃってんの? ばかアル!


 落ち着いて考えるとあれは摂食行為だ。

 今回は血ではなく唾液……うわあ! 勘弁して! をアルは食事として取ったのだと思う。


 けど、けどね、猫でやんないで欲しい!

 猫に口腔内に舌を入れられるとか変態行為だよ!


「ニャア?」

『どうした? 紗良。先ほどからお前の顔が赤くなったり青くなったりしているが?』


 むかあっ。

 アルのせいでしょうが!


 紗良はアルをジトっと睨んだ。


「ニィィ、ニャアオ」

『まあ、良い。俺は少し所用ができた。暫くお前の傍を離れる』


 アルは、紗良が怒っていることに気づいているのかいないのか……でも、たまに紗良の考えをよむよね?


 アルは、素知らぬ顔でもう扉から外に出ようとしている。

 扉に触れていないのに扉が開くから魔法を使っているのだと思う。

 憎らしいことに歩いているアルの尻尾が機嫌が良さそうに揺れていた。

 アルの後ろで扉が勝手に閉まる。見ている分には自動扉みたいで面白い。


 ……所用ねぇ。

 アルの所用とか全く想像もつかない。大概、紗良の傍にいるときは爬虫類? か、猫だし。暇してるようにしか見えない。……魔王城とかあって人型で公務してたら笑っちゃう。『お前、またものすごく失礼なことを考えているだろう?』と、アルから言われたような気がしてニヤニヤしてしまった。


 今、何時くらいかな?


 目が覚めた途端に猫アルからされた変態行為を思い出して、頭の中で絶叫の嵐だったから二度寝もできず……。

 だけど、まだ薄暗いのよね。周りも静かだし。


 アルもいなくなったから暇だなあ。起きだすには早いかもだけれど、散歩をしに外に出てみようかな。神殿の敷地内なら多分安全だよね。


 紗良はさっさと洗面を済ませて着替えた。

 紗良にあてがわれた部屋は、以前いた神殿の部屋と同じような造りで部屋の中に洗面所兼お風呂とトイレの小部屋が付属していた。部屋の中にベッドとテーブル、クローゼット、本棚があるのも同じだった。そして、クローゼットには紗良のための真新しい着替えが入っていた。何て言うか至れり尽せり? 服は安定の白い修道服だ。こちらの世界に来てから服はずっとこれよね。

 聖女らしい服といえばそれまでだけれど……。紗良はさほど服に拘らないので「まあ、いいか」と、瞬時に考えることを放棄した。


 部屋を出ると、廊下はシンとして静まりかえっていた。


 やっぱりまだ起き出すには早い時間だったみたい。


 紗良は足音を立てないようにして出口を目指した。


 廊下の両端に等間隔で小さな明かりが灯っていて歩きやすい。


 紗良の部屋は二階だった。階段を下りて暫く歩いたその先に外への扉があった。


 そーっと扉を押すと難なく開いた。


 神殿って鍵かけないのかな? 不用心。


 明け方の少しだけひんやりとした空気が紗良の顔にあたる。

 白い月が二つ……うっすらとまだ薄暗い空に見えていた。


 初めてだ。この世界の朝を肌で感じるのは。


 一歩ずつ扉の外へ歩みを進める。

 紗良の黒髪が風に煽られて後ろへ流れた。

 清楚な修道服と相まって目が離せないほど紗良の姿は神秘的に見える。


 紗良自身には見えないし、薄い二つの月しか見ていないはずだった。




「……あれが未承認の聖女」


 静な低い声がして闇に溶けた。

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