第39話 魔王のやらかし

「今のところ、どうすることもできない」


 フェルリアンさまは、表情を消した顔で淡々と言った。


「見るに耐えない痛ましい光景でした」


 ジークリオンは心痛のあまりかその天使のような美しい顔を歪めた。


「事が重なりすぎている」


 フェルリアンさまの声は、静かな室内に重く響いた。


「私は、紗良さまが害されたことを女神フィーレさまが悲しまれていらっしゃるのではないかと思っているのです」


 ジークリオンが項垂れてポツリポツリと語り始める。


「あの日……紗良さまが襲撃に合われた時に、私は天啓を受けたのです。『……急ぎなさい。失わぬようにしなさい』と。それで、胸騒ぎがして紗良さまの元へ向かったのです。間に合いませんでしたが……」


 声色に後悔の色を滲ませながらジークリオンは手で顔を覆った。


「前に申し上げた通り、紗良さまは間違いなく聖女です。天啓があったことでそれは揺るぎなく証明されました。

 私の管理不足ですが、女神フィーレさまの玉が砕けてしまい聖女と判定されなかったことで紗良さまは、神殿関係者から侮られていたようです。

 誠心誠意お守りするつもりで、私の神殿に連れて帰りましたが、そこで紗良さまは害されてしまいました。あってはならないことです。騎士クラスの腕のたつ者もいたのにです。返す返すも、私の甘さが招いたこと。私のせいです。……私が信を置いていた私の神殿の者たちもまた紗良さまを侮っていたということでしょう」


 そこで、顔を覆っていた手を外し、ジークリオンはスーッと顔をあげた。そこにはもう悲愴感は無く、決意を込めた強い瞳がフェルリアンさまを見据えていた。


「フェルリアン・ノルディ殿下、この世界から紗良さまを失わぬよう……私が、何にも増して紗良さまをお守りすることをお許しくださいませんか?」



 紗良は、余りに深刻そうなフェルリアンさまとジークリオンの様子に、固唾を呑んで暫く二人の会話に耳を傾けていた。しかし……


 ジークリオンは何を言っているの?

 ……メチャクチャ重くない?




 紗良は、アルがやらかしたと聞いて衝撃の余り一瞬パニックに陥りそうになった。しかし、徐々に落ち着いてくると、目の前には、過労で倒れそうな王子さまと、心労で病みそうな教皇がいた。


 何? このシリアス展開?


 フェルリアンさまは何となくわかる。自国民を大事にしている王子さまだから……きっと、何もできない状況を物凄く辛いと感じているのだろう。とにかく、仕事でも何でもやれる事をして気を紛らわせようとしているのだと思った。


 だけど、ジークリオンはどうして?


 私のことで、どうしてこんなに自分を責めているの?

 襲撃されたのだって、ジークリオンのせいではないのに。


 重いよ! 重い!


 教皇さまが、私を守ることを第一に考えないで欲しい。 しかも、それをフェルリアンさまにお願いして許可を貰おうとするなんて……


「いいよ。許す」


 ええええ!


 フェルリアンさまは、すんなりジークリオンのお願いを許してしまった!


 駄目だよ。私なんて、そんな守られるような人じゃないんだよ? それに、ジークリオンが言うような聖女でもないし。


「感謝します」


 安堵したような顔のジークリオンを見て、紗良は、途方にくれた。


 ……これは、一刻も早く目覚めてジークリオンに思い直してもらわないといけない。

 一回、紗良の身体のある場所へ戻った方が良いのかな?

 出来るだけ早いうちにそうしようと紗良は決めた。



 それにしても、どうしてアルは村を凍らせたりなんかしたのかな? 

 

 落ち着いて考えれば考えるほど、アルにそんなことをしそうな素振りは無かった。


五つもの村。しかも4万~5万人もの大勢の人たちまで凍らせるなんて。

 

 ゲームでの魔王アルベルト・ルーフェイの映像が紗良の目に浮かぶ。


 惨殺した死体の山の上で、血の雨に濡れた漆黒の魔王。辺り一面に真っ赤な花の絨毯が広がり、凄絶な死の匂いが立ち込める。


 ……この世界で出会った自称魔王からは想像もつかない光景。

 アルからは魔王の残虐さを今までに感じたことはなかった。……だけど、もしも、本当は、あの映像のままの魔王アルベルト・ルーフェイだとしたら? 私が知らないだけで。

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