第42話 紗良激おこ

 


 魔王……!

 

 

 フェルリアンさまとエクス、ジークリオンの会話が紗良の頭の中に甦る。


『魔王が五つの村を凍らせた……』


『……村とはいえ五つとも規模の大きい村でしたから、おおよそ四万から五万人がそのままの状態で凍りついていると思われます』


『今のところ、どうすることもできない』


『見るに耐えない痛ましい光景でした』


 ……そうよ! そうよ! そうよ!

 とんでもないことを紗良は聞いたのだった。

 魔王アルベルト・ルーフェイのやらかしたこと。

 

『アルっ!』


 ……アルが、そんなことをしてしまったなんて信じられない。勿論、アルが魔王だということはわかっているし、『月光の贄姫』の設定通りなら寧ろやって当然……。


「ニャア?」

『なんだ?』


 これまで、アルは、『魔王アルベルト・ルーフェイ』の……顔色ひとつ変えず凄惨な光景の中に身をおき淡々と死体の山を積み上げていくような魔王の片鱗をみせたことは一度も無かった。

 ……なのにそんな残酷なことをアルはやってしまったらしい。どうして?


『アル! 五つの村を凍らせたって本当?』


 紗良は、アルを見据えた。

 アルは尻尾をパサッと大きく揺らすと、紗良をジーッと見つめる。

 そして……

 

「ニャア!」

『無論だ!』


『はああああ?』

 

 何、当然のことのように言ってくれちゃってるのよ?


 さらりと肯定するアルに紗良は唖然とした。


 アルのせいで、大変なことになっているんだよ? 


 アルの平然とした態度にじわじわと怒りがこみ上げてくる。


『何してくれちゃってるのよ! アルっ!』


「ニャア?」

『何がだ?』


 うわ、何、その他人事のような態度。


 紗良は、ずんずんずんとアルに歩み寄って、アルの身体をむんずと掴み上げた。


「アル! あなた、酷いことしたのわかってる?」


 ブラブラとアルの身体を揺すって、声を荒らげる紗良にアルはニヤっと笑った。


「ニャアオ」

『ちゃんと身体に戻れてよかったな? 紗良』


「はあ? 身体? それが何っ? いーい? アル! 村を凍らせるなんてとんでもないんだからね! 人がいっぱい凍っているんだよ! どうしてそんなことをしたのよ? 駄目だよ! 何とかしなさいよ!」


 紗良はアルを揺すり続ける。


「ンニャゴ」

『ちょ、お前、いい加減それ止めろ! 気持ち悪くなってきた』


 アルは、強く身をよじって紗良の手から逃れるとシーツの上に着地した。


「ニャア」

『なあ? 紗良』


 アルの声が低くなる。


「ニャア、ニャア、ニャア」

『人ごときが俺のものに手を出した報いは受けるべきだと思わないか?』


 紗良はブルリと震えた。

 急速にアルの周りの温度が下がっていくのを感じる。


「ニャア、ニャアオ」

『この国を滅ぼしてもよかったのだぞ? それをたかだか数村凍らせただけにしてやったのだ。むしろ、紗良は私を褒めるべきだろう?』


 …………。


「俺のものって何よ?」


「ニャゴ」

『お前だろ』


 紗良はクラリと眩暈がした。


 アルがわからない! 


「……アルの言っている意味がわからないんだけど? ちょっと待って? じゃあ何? 私が害されたからやったって言うんじゃないでしょうね?」


「ニャオオ?」

『それ以外の何がある?』


 うわああああ。


 紗良は頭を抱え込んだ。


 この良くわからないアルの思考は魔王だから? どうやったら凍らせたことが正しいみたいな考えになるのよ? しかも褒めろ? 全くもって意味がわかんない!


「アル! そういうの、私、望んでないよ? 絶対に違うけど、百歩譲って私がアルのものだとしてもやっちゃ駄目でしょう?」


「ニャ」

『知らぬ』


 はああああ?


 興味を無くしたようにプィっとそっぽを向くアルの身体を再び紗良はむんずと掴み上げた。


「ニャゴ!」

『おい!』


 そして今度はアルを逆さにしてユッサユッサと揺さぶる。

 

「知らぬじゃないでしょう! ばかアルっ! 凍らせたら死んじゃうでしょうが!」


「ニャア? ニャオオ?」

『だから何だ? 人ごときがお前を殺そうとしたのだぞ?』

 

「それこそ! だから何? 村数個にどれだけの人がいたとおもうのっ? ……人だけじゃないよ? 生き物全部凍っちゃったんだよ?」


 何でよ……


 紗良は憤りのあまり今度は悲しくなってきた。

 

 

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異世界に拉致された私はラスボス魔王さまから食べられそうです 紫水晶猫 @amethyst-neko

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