第37話 守護天使は見守る

 驚くべきことに、お城はブラック企業だった。


 フェルリアンさま働きすぎだよ。


 紗良がフェルリアンさまに憑いてお城の執務室へ辿り着くやいなや、フェルリアンさまは部下たちにあれこれ指示をとばし、山のように積み上げられた書類を片付け始めた。それはもうテキパキと脇目も振らず。そうして書類に向かってから……かれこれ六時間は経過している。


 その間休憩無しだよ?

 神殿からもどってからずっと働いているんだよ。神殿に行ったのだって多分仕事だよね?

 これがフェルリアンさまの日常なのかと思うと、紗良はフェルリアンさまの健康が本気で心配になった。

 心筋梗塞で倒れるんじゃないかしら?


 執務室の中央に置かれたソファーテーブルセット。紗良は、執務中のフェルリアンさまが良く見えるソファーの位置に座っていた。


 そこでずっとフェルリアンさまを見ていた。

 飽きもせず、延々と。

 

 時折、書類を手に持ち熟考しているようなフェルリアンさま。

 書き物をしている時に、頬に落ちた金糸の髪を指で耳に掛けるフェルリアンさま。


 ……麗しい。

 幾らでも眺めていられる。

 フェルリアンさまのありとあらゆる仕草が尊い。


 はう……


 紗良は、あまりの眼福に溜め息をつく。


 推しの側で推しを堪能する……なんて甘美な。

 でもこれからは、フェルリアンさまの守護天使なのだからいくらでも側で見守ることができるはず。

 これは、フェルリアン様見守り隊一番隊隊長の責務だし。……調子に乗った紗良は、勝手に役職を捏造し自分を任命した。

 ふふふ。これで、フェルリアン様の守護天使としての見守りも身が引き締まるというもの。だって、そうでもしないと、始終デレデレしちゃってだらしない顔になってしまう。

 もし、フェルリアンさまが今の紗良の顔をみたら引いちゃうと思う。

 それだけは、是非とも避けたい。


 そろそろ日付も変わるんだけど……


 紗良は眉間に皺を寄せた。


 フェルリアン様ご飯は?

 いつ寝るの?


 室内にはサラサラとペンを走らせる音が続いてていた。


 静かだなあ。


 何とはなしに、ソファーの上で体育座りをして、紗良は自分の膝に顎をのせた。


 フェルリアンさま、いつまでお仕事をするのだろう?


 ゲームでは、執務シーンなんてほんのちょっとしか無かったのに……


 リアル王子さまって大変なんだなあ……

 

 でも、魔王が封印されたら、聖女に攻略されてきっと幸せになるんだろうな?


 ……ん? 

 あれ?


 逆はーだったらどうなんだろう? 何と無く真理亜さん、逆ハー狙いっぽい気がするんだよね。

 フェルリアンさま、その他の攻略対象者たちと真理亜さんを共有でいいのかな?

 そもそも、ゲームと同じ概況とはいえ、この世界では一応リアルだし。

 王族の婚姻だと、お妃さまに愛人がいたら不味いと思うんだよね。

 そう言えば、攻略対象者……まだ全員とは会っていないな。

 残りは、王国筆頭魔術師と聖騎士だけど。


 トントン。

 

 んあ?


 不意に、扉を叩く音がした。


「入れ」


 フェルリアンさまが書類から顔を上げた。


 扉が静かに開き……


 驚いた。


 黒いローブに身を包んだ美しい顔立ちの男がはいってきた。

 水色の長い髪を後頭部で一つに結わえ垂らしている。

 右目の下の黒子が色っぽくて印象的……って、攻略対象者だ!

 今、ちょうど考えていたところの王国筆頭魔術師だよ。

 確か、名前は……エクス・ヴェルボート侯爵。


「それで、凍った村はどうだった?」


 フェルリアンさまがエクスに視線を向けた。


 凍った村?


「五つの村とその周辺の森と川が凍りついていますね。かなり固く凍っていますので、溶かすのは容易ではないでしょう」


「人命はどうだ?」


「現状ではなんとも。村とはいえ五つとも規模の大きい村でしたから、おおよそ四万から五万人がそのままの状態で凍りついていると思われます」


 え? なに? 何のこと?


 深刻そうな雰囲気で話を進めるフェルリアンさまとエクスだけれど、凍りついたってどういうこと?


「ゆっくり解凍すればもしかしたら……。如何せん強力な魔力で凍らされているのでかなり難しいですね」


 エクスは悲痛な面持ちで目を伏せた。


「……そうか」


フェルリアンさまも悩まし気な憂いを含んだ表情をしている。


 フェルリアンさま……どうしてそんな顔をしているの?


 フェルリアンさまのお顔を曇らせるようなことが自分の知らないところで起こっている?


 ゲームのストーリーを思い出してみても、この時期には何も起きてはいなかったはずだ。


 あ……だけど、それを言うならヒロインの真理亜さんと一緒に紗良がこっちにいること事態ストーリーとは根本的に違っているから、ゲームとは異なる事が起こったとしても不思議ではないのかな?


「良い方法が見つかるまで、五つの村には結界を張り物理的に破壊されないようにしました」


「うむ、ご苦労だった」


 フェルリアンさまが労いの言葉をかけると、エクスは胸に手を当て一礼し退出した。


 うーん。

 五つも村が凍るって、一体何が起こったのだろう? 人も凍っているみたいなことも話していたし。これって物凄く緊急事態なのでは?




 何も知らない紗良が事の次第を知るのはもう少し先。

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