第6話 魔王と言い張る蜥蜴もどき
「 あ、はい。そうですか。」
ちんけな蜥蜴もどきがあまりに偉そうに言うから……もしかしたら驚くべきところだろうけれど逆に冷めてしまった。
ドラゴンと言うのは、まぁ……良しとしよう。羽の生えた蜥蜴もどきは小さいがドラゴンに見えないこともない。
だけどねぇ……。
「魔王はなくない? こんなちんけな魔王がいるはずがないよ? 」
「は? 何を言う! それに、お前、言葉が悪過ぎないか? 」
蜥蜴もどきは羽をパタパタさせて性懲りもなく、再び紗良の膝の上に乗ってきた。
「だからっ、蜥蜴嫌いなんだって! 」
紗良は、今度も思い切り叩き落とした。
「うぐっ! ……お前……酷いじゃないか。」
蜥蜴もどきはヨロヨロと立ち上がって恨めしそうに紗良を見ている。
魔王ってね……
『月光の贄姫』のラスボスなんだけど?
禍々しくて身の毛がよだつほど恐ろしい存在なんだけど?
この世界を滅ぼしてしまえるほどの力があるはずなんだけど?
この蜥蜴もどきのどこが魔王?
「お前……今、とんでもなく失礼なことを考えただろう? 」
蜥蜴もどきは不愉快そうに腕をくんで顎を上げた。
「 ぷふっ。」
蜥蜴もどきのくせにほんと偉そう。
思わず笑ってしまった。
「……困ったやつだな。お前は俺を恐れるべきなんだが。まあいい。直ぐに食おうと思っていたが、お前は面白いから暫く俺のオモチャにしてやる。」
どこまでも上からで偉そうだけど……あれ?
「今、私のことを食おうと思っていたって言った? 」
「言ったが。」
「蜥蜴もどきが……こんなにちっちゃいのに私を食べられるの? あなたの何百倍も大きいよ? 私。」
「おい! 待て! 蜥蜴もどきとは何だ! 」
蜥蜴もどきは怒ったように言った。
「無礼にもほどがある。いいか? 良く聞け! 私の名は、アルベルト・ルーフェイだ。」
名乗るときだけ……俺じゃなくて私なの? 変な突っ込みを入れてしまう。
アルベルト・ルーフェイといえば……確かにラスボス魔王の名前だ。
だけど、『月光の贄姫』の魔王は黒髪に深紅の瞳の美丈夫で……決してこんな蜥蜴もどきではない。
ジークリオンと同じくらい麗しい姿だったはずだ。
『月光の贄姫』において……
魔王は聖女と彼女を守る攻略対象者たちに倒される。そして、この世界の平和が守られたとき聖女は最も好感度の高い攻略対象者とハッピーエンドを迎えるのだが……この魔王……ラスボスのくせに麗しすぎた。攻略対象者じゃないのに人気が出すぎて、紗良が買ったファンブックに推しのフェルリアンさまと共に特集を組まれていたくらいだ。
なのに……コレが? 魔王?
「うわあ! ないない! イメージが崩れる! 」
ケラケラケラとお腹を抱えて笑ってしまうと、蜥蜴もどき自称魔王はむっとした雰囲気になった。
「お前……俺の真の姿を見たら後悔するぞ! いや! 絶対に後悔させてやる! 」
蜥蜴は大嫌いだけど……少し見慣れてきたなあと、器用に紗良を指差して悔しそうに喚く蜥蜴もどきをうっかり可愛いと思ってしまった。
「そもそも、お前をこっちに引っ張ったせいで魔力の大半を持ってかれたんだ。少しお前を食わせろ! 」
ん? え?
ちょっと待って! 今、何て言った?
ちょっと可愛いは撤回!
「あなたのせいだったの? 何てことをしてくれたのよ! 」
「俺が引っ張らなくても召喚されただろうがな。マーキング大事だろ? 」
「意味が分からない! 」
何を言っているのだ!この蜥蜴もどき!
突然、蜥蜴もどきは紗良の肩にパサリと飛び乗った。
「アルと呼べ。」
背筋がゾワリとした。
蜥蜴もどきの纏う空気が急に変わったような気がした。
「……つ! 」
紗良が、蜥蜴もどきを手で払おうとした瞬間、チクリと首もとに痛みを感じた。
首もとが熱を帯びたように熱くなる。
「 ……何?」
紗良は腕を振り上げて蜥蜴もどきを払おうと思うのに、何故か身体が動かなかった。
「つ、あぁ……。」
熱い……熱い……熱い。
「……んあ。」
変だ……変だ……変だ。
……何これ。……身体がゾクゾクする。
「や、やめて……蜥蜴……も……どき。」
「アルだ。」
ゾクゾクが止まらない。身体がおかしくなる。
「ん、んああ。」
身体が火照って火照って堪らない。どうなっちゃったの? 心臓もドクドクしておかしい。
「……あああ。やめて! アル! 」
そう紗良が苦し気に声を上げた途端、スッと身体が正常に戻った。
紗良は、はぁ、はぁ、はぁと空気を求めるように息をついた。
何? 今のは何だったの?
蜥蜴もどき……アルは、紗良の肩からフワリと飛び降りた。
「俺のものだという刻印をつけた。……今はまだお前を食わない代わりにお前の血を貰った。」
「私は食べ物じゃない! 血を貰うって……まるで魔王じゃなくて吸血鬼じゃないの! 」
「お前の体液なら別になんでもいいんだが。下等な吸血鬼どもと一緒にするな。」
それに、刻印って?
紗良は自分の首もとを手で触った。
「触れても分からないだろう。神官どもに見えないようにつけたからな。それからお前は俺の贄だ。いずれ……俺はお前を食うだろう。」
もう紗良は何が何だか……ちょっとパニックに陥りそうになりながら、改めて黒い羽の生えた蜥蜴もどきのアルを眺める。
いずれ紗良を食べるというアル。
紗良がアルの贄ってどういうことなのだろう。
そもそも分からないことばかりだ。
だれか説明して欲しい……と紗良は切実に思った。
「では、またくる。」
アルはそう言うとポン!と消えてしまった。
現れたときも唐突だったけど消えるときも唐突だ。
紗良はガックリと力が抜けたように項垂れる。
もう、無理。
余裕で紗良の自己処理能力を越えていた。
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