第32話 クラスメイトの事情

 俺はまたハソーコーヒーに来ていた。

 来たかったわけじゃない、と言ったら失礼だが今回は呼ばれたためだ。


 羽根さんに新作の商品の味見をしてほしいと言われた。


「いいの? 大事な新商品の味見を俺なんかがしても」

「いいのいいの、ゆうちゃんはこのお店を昔から知ってる人だから」

「…………そっか、そういうことなら」

「アイツにも、本当は頼みたいんだけどね」


 チクリと細い針で心をツンと刺されるような痛みが襲う。


「……あの、看板娘さん? 何もそんなに睨まなくても」

「うるさい、黙って食べなさい」

「はい」


 彼女の圧に負け俺は静かに、パンケーキに手を伸ばす。

 中はフワフワで、抹茶の風味が結構強く、甘いというわけではなく、茶本来の味を引き立てている。


「甘いの嫌いな人はこれ好きそう、あと抹茶好きとか」

「50点の感想」

「羽根さんが言うならわかるけど、お前は言うな」

「ゆうちゃん、ここではお客さんもいるしマスターって呼んでよっ」


 慌てて恥ずかしそうに言って来る。

 え? 今そこ?


「でも、恵ちゃんもゆうちゃんと似たような感想だったよね?」

「だ、だめっ、店長!」

「あははは、ごめんごめん」


 そう言いながら、店長はニカッと白い歯を見せながらカウンターへ戻って行く。


「ふぅん?」

「な、なにかな?」

「いやー、案外可愛い所あるんだなーって」

「うるさいぞ」

「今の返しは50点」


 俺が挑発するように言うと、キッと目を細めて睨まれる。

 う~ん、これ以上は生死に関わってきそうだったので諦める。


「てか、いいのか? 店員が客と喋ってて」

「美少女と一緒にいた方がいいかな? と思って」


 そう言いながら、ペロッと唇をなまめかしく舐める。

 おっと、男子高校生には刺激が強いぞ。


「反応した?」

「ほんと、人が違うみたいだ」

「嫌い? こっちの私」


 情欲をかき立てるようにわざとらしく、身体を強調させる。

 高校1年生なのに、ここまでセクシーというか、色っぽいのはそうそういない。


 春姉や狩人先輩とか、タイプが違う女性だ。


「本当に同じ1年生かよ」

「あら? 大人っぽいでしょう」

「あーはいはい」


 俺は適当に返し、手をふりふりとあっちに行けと促す。

 その態度にイラついたのか、目の横がぴくぴく反応していた。


 しかし、なにも言わずに去って行く、はずだった。

 田畑恵はそこで立ち止まっていた。

 

 恐る恐る、彼女を見ると、エプロンをぎゅっと握りしめている。

 何かに怯えている感じが伝わってくる。


「どうしたんだ?」

「――――っ、別に」


 俺に声をかけられ、呪縛から解けるようにカウンターの方へ向かっていく。

 彼女が見ていた方向には、3人組の女子が座っていた。


 全員が派手目な子達だ、中には金髪の子もいる。


「すいませーん……ってあれぇー?! もしかして、めぐめぐ? やっぱり! 恋人狩りのめぐめぐだっ」


 バカでかい声で店中に響く声でそう言う。

 恋人狩り……、俺はその言葉に興味が注がれてしまった。


「ちょっと、めぐめぐー」


 金髪のギャルがそろっと恵に手を伸ばす。

 腕を掴んだ瞬間だった――――。


「やめてよっ!!!!!」


 その言葉が今度は大きく店内へ響く。

 彼女はバッと掴まれた腕を勢いよく振り払った。


「は? 店員がその態度はないんじゃない?」

「そーだそーだ」

「あ、ご、ごめんなさ……」

「え、ちょっと待って、泣いてるんだけどこの子!」


 そこのテーブルでは、ウケるやら、キモイといった声が聞こえてきた。


 立ち上がって文句の一つでもと思ったが、ここで出て行ったら文句は言えるかもしれないが、余計辛くなるのは恵の方だ。


「中学のこと引きずってるの?」

「うわ、ビクってなった、絶対そうだ!」

「アンタさぁ、善人ぶってんじゃねぇよ」

「――――っ!!!」


 田畑恵はカウンターの奥に走り出していた。

 羽根さんがギャルたちのもとへ急いでいく。


 それと同時に俺もカウンターの奥へ進む。

 本当はダメと羽根さんに言われているんだが、今日は言われなかった。


 全く都合がいいね。


「うぐ……ぐずっ」

「…………あーなんだ、気にすんなよ?」


 休憩室のような場所にある黒いソファに体育座りで両足を抱え込んで座っている。


 ちなみに制服はズボンタイプの為、パンちらはあり得ない。


「そんな、うぐ、安っぽい言葉いらない」

「じゃあ単刀直入に聞く、何があった」

「――――っ、いいたく……ない」

「じゃあ、お前はずっと鎧を着て生き続けることになるな」


 俺がそう言うと、恵はハッとした表情をする。

 ぐしゃぐしゃになった前髪、涙でびたびたな顔。


 そこにいる少女はなぜだろう、先ほどよりも輝いて見える。

 これが彼女、田畑恵という女の子なんだ。


 しかし、恵が話したくないというなら終わりだ。

 たぶん羽根さんには詰められると思うけど、仕方ない。


 そう思いながら、休憩室から出ようとすると、か細い声が聞こえる。


「――――って、」

「え?」


 思わず振り返ると、涙を含んだ瞳で俺のことを真っすぐ見ていた。

 その瞳はどこか力強さを感じるとともに、ロウソクの火のように、息を吹いたら消えてしまいそうな感じがした。


「まって…………」

「ん、どうしたの」

「話すから……聞いてくれる?」

「あぁ、いいよ」


 首を傾げながら聞かれる。

 ここで、うんと言えない男は男じゃない。


 ――――聞かせてくれ、本当の田畑恵の物語を。


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