第6話 慌てる姿がとてつもなく可愛い時がある
「春姉!」
俺が春姉の名前を呼ぶと、彼女は足を止め、振り返る。
しかし、俺の顔を見る目は睨みつけるように見る。
「なに?」
「あ、いや別に意味はないんだけどさ」
「じゃあ帰るね」
そう言って、すぐさま帰ろうとする春姉に慌てて止めに入る。
「う、うそっ! 用事あるんだよ」
「用事? なに?」
「えっと、一緒に帰らない……?」
春姉は少し考えた後、コクッと頭を縦に振る。
俺は春姉の態度に安堵しつつ、一緒に帰ることに成功した。
「でも、いいの? 他に用事があったみたいだけど」
「他に用事?」
「帰るとか言って、他の女の子とイチャつくための口実だったなんてねー」
「じ、冗談辞めてよ」
ははっ、と苦笑いしながら春姉のことを見る。
春姉の目は全く笑っていなかった。むしろ怖い表情で俺のことを見ている。
「なんでそんなに機嫌が悪いのですかな」
「なんでだろうね」
「いや、すんません」
別に怒っていないと言ってくる春姉を見て、絶対怒っているだろとため息が出そうなところを我慢する。
「あれはイチャつくためじゃなくて、同じ委員の田畑さんを手伝ってただけだけだよ」
「ふ~ん? 田畑さんね」
「な、なんだよ」
「まぁ、そういうことならいいか」
なにがいいのか全く分からないが、そんなこと聞ける雰囲気ではないことはわかっているので、グッと抑え込む。
なんだか、今日は抑え込むことが多いなぁ……。
「ゆうちゃんのお母さんから、ゆうちゃんが悪いことしてないか見張っててって言われてるんだから!」
「そんなバカな……」
「ゆうちゃんが色々な女の子のことを泣かせていないかとかも、しっかりと監視しとかないとね」
「怖いんでやめてください」
普通に怖いし、母さんも恥ずかしいこと言わないでほしいし、男子高校生になったって言っても、まだ一か月しか経ってないんだから。
そんなに、俺のことが信用ならないのか……。
「俺って自分の母親から心配されるくらい、ダメなのか?」
俺がそう愚痴を溢すと、春姉の足が止まる。
「ダメとかじゃなくて可愛くて世話を焼いちゃうんだよ」
そう言いながら俺の頭をわしゃわしゃしてくる。
そのわしゃわしゃしてくる春姉の手を振りほどく。
「や、やめろよ!」
「ありゃ? お気に召さなかったかな?」
「うるさい」
そんなこんなで、家に着いた。
とりあえず、春姉の誤解は解けたんじゃないかな。
俺は玄関の扉に手をかける。
「――――って、なんで春姉もついてくるんだよ!」
「一緒に帰ろうって言ったのはゆうちゃんでしょ?」
「そうだけど、そうじゃない!」
一緒に帰ろうって言って、同じ家までついてきたらホラーだ。
「あははっ! 久しぶりに挨拶でもって思ってね」
「……ったく、そういうことなら」
「あ、通してくれるんだ」
「知らない人ってわけでもないし」
俺がしぶしぶ了承すると、春姉は目を細めながら、ニマッという表情とともに、俺の顔を覗き込んでくる。
「な、なんだよ……」
「女の子を家に上げるなんて……ゆうちゃんのエッチ」
春姉は身体をくねくねさせている。
しかし、春姉の身体を見るに……高校生らしからぬスタイルをしているのは事実。
「それは、ナニカされるのを期待してるってことでいいの?」
「え……ゆ、ゆうちゃん?」
「前から思ってたことだし、別にいっか」
俺は春姉の腕を引っ張り、自分の家に半強制的に上げる。
春姉の方から煽ってきたんだし、別にこのくらいの返しはいいだろう。
「ゆ、ゆうちゃんこういうのは、好きな人同士じゃないと」
「なんで?」
「な、なんでって、ば、ばかっ!」
春姉は、顔がみるみる赤くなっていく。
頭から湯気が出るんじゃないかと思うくらいには春姉の身体は熱い。
春姉ははぁはぁと息遣いも荒くなっている。
緊張しているのだろうか。
「ゆ、ゆうちゃんっ! わ、私はっ!」
俺はドンッと春姉の前にゲーム機を持ってくる。
「ようし、やるよ」
「……へ?」
「何その腑抜けた声は」
「す、するってゲーム?」
「うん、いつも負けてたから今度こそ俺が勝つ」
俺はからかうように春姉の顔を見ながら言う。
「俺はゲームだと思ったけど、春姉はどんなことを想像したのかなー?」
春姉はプルプルと震えながら、玄関から出て行ってしまった。
さすがにやりすぎたかと反省したが小一時間ほどしたら春姉は戻ってきた。
「は、春姉?」
無言でコントローラーを持つ。準備万端ということだ。
俺もコントローラーを持ち、格闘ゲームを一緒にやる。
ルールはいつも通り、5先でやるのだが、今日の春姉はいつもと違う。
もうゲームになっていなかった。俺をただただ何の感情もなく倒すだけ、いや、先ほどの腹いせに、俺のキャラをボコボコにする。
春姉にとって俺とのゲームはただの作業に過ぎなかった。
その後延長して10回戦ったが、一度も勝てずにぼこぼこにされてゲームを終わった。
ゲームなんて可愛らしいもんではなく、蹂躙されただけだった。
「は、春姉……参りました」
「じゃあ、私は帰るから」
「あ、あの……さっきはごめん、ね?」
俺は恐る恐る、春姉に謝る。
許してくれるかどうかはわからないが……。
春姉が怒るなんてことは本当にないからこそ、怒る時が一番怖い。
「――――行って」
「え? なんて言ったの?」
「今度、駅前に新しくできたカフェ一緒に行って」
「え、あ……」
「ゲームで負けた罰ゲーム」
「ば、罰ゲーム」
「ゆうちゃんにとってはご褒美かな?」
「な、なに言って……」
男子の間で春姉と駅前のカフェに行けるなんて知られたら、羨ましがられるだろうし、嫉妬の嵐だ。
「じゃあ今週の日曜日でいい? いいよね? ゆうちゃんは負けたんだし」
そう言って、春姉は自分の家に帰って行った。
半強制的に今週の日曜日にカフェに行くことに決まった。
罰ゲーム……ではないよな。
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