第9話 部活に入らなければいけないことは自分にとって危機かもしれない

「そういえば、ゆうちゃんは勉強はしてるの?」

「え? 勉強?」

「うん、5月の連休が明ければ、テストがあるからね」


 春姉は頑張らないとと言いながら、にこやかに笑っている。

 これは成績優秀者の余裕なのか、俺は逆に顔が引きつる。


「ゆうちゃん、わからないところあったら、教えてあげるからね」

「子供扱いすんなよ、俺だってやればできる」

「本当かなぁ~?」

「本当だよ!」


 春姉はケラケラと笑う。その表情に見惚れそうになる。


「そういえば、ゆうちゃんって部活は入らないの?」

「いや、まだ……」

「部活には入らないとだよね?」


 うちの学校は、部活には全員入らないといけないという学校である。

 そのため幽霊部員もとても多い。


「入らないといけないのはわかってるんだけどさー」

「あんまり興味を惹かれるものがない?」

「うん」


 興味がないというよりも、中学でやり切ったという方が大きい。

 だからこそ、高校では部活に入りたいという欲がない。


「俺もどこかの部活に名前だけ置かせてもらおうかな……」

「じゃあさ、ゆうちゃん生徒会はどう?」

「え……生徒会?」

「すっごく嫌な顔するじゃん」


 そこまで顔に出ていたのだろうか。

 でも、たしかに俺は生徒会と聞いた時に反射的に顔が歪んだ。


「凄く嫌って訳じゃないけど俺が入れるなんて思わないんだけど」

「この学校って人数多いでしょ? だから生徒会に取る人数も多いんだよ」


 春姉のその言葉にすこし残念と思ってしまった。

 そこは嘘でも俺なら大丈夫と言ってほしかった。


「いや、それでも選ばれるとは……」

「大丈夫ったら大丈夫なのっ!」

「お、おう……」


 春姉の迫力に俺は気持ちが小さくなる。


「それに今なら、私とも一緒にお仕事できるよっ?」

「そんな、特典みたいなこと言うなよ」

「そんな、これでも私人気あるんだよ?」

「それは知ってるけど……」


 春姉の発言に、それを自分で言うのかとも思う。

 しかし、春姉の人気は自分で言っても嫌味にも聞こえないし、誰しもが認知している人気がある。


「私と仕事したいって人いるけどなー」

「ほとんどが春姉目当てと」

「そう言う事は言ってません、悪い子だな~」


 春姉は俺の顔を目を細めて見てくる。

 でもほとんどが春姉目当てという考えに至ってしまうのは仕方がないだろう。


 顔を整っていて、スタイルも抜群。

 性格も良く、みんなから好かれ、成績も優秀ときた。


 誰もがそんな人と一緒に仕事がしたい。

 一緒に時間を過ごしたいと思ってしまう。


「――――おーい、聞いてる?」


 そこで、パッと現実世界へ引き戻される。

 春姉の細く長い指が俺の頬を突っついている。


「……ごめん考え事してたんだけど、この指は何」

「どーこかに、意識が行ってるみたいだったからさー」

「えっと、なんでわかるの?」

「おねえちゃんのことなら全部わかるし、

「そう……春姉ってあだ名もそれからきてるからな」


 ふぅっと息を吐き、カップに入っている最後の一口を飲み干す。


「あっという間に時間が過ぎちゃったね~」

「そうだな」

「あれ? ちょっと不機嫌? 口に合わなかったとか?」

「いやいや、めちゃくちゃ美味しかったし、不機嫌じゃないよ」

「よかったー、ここ友達に紹介してあげよー」

「いいと思うよ」

「うん!」


 春姉は満面の笑みで、俺の微笑みかけてくる。

 その眩しさに顔を逸らしたくなる。


 帰り道、春姉が振り返り、思い出したかのように俺に向けて言って来る。


「あの話、考えておいてよね?」

「あの話?」

「生徒会に入るかって話」

「あー、うん……まぁ」


 俺はなんとなくの返事で逃げる。

 ここで「はい」なんて無責任なことは言えない。


「全然いい返事をもらえない」


 春姉はそう言いながらしょぼんとしてる。

 俺はその表情に苦笑いしながらも「ちゃんと考えるって」と一言。


 春姉は俺のその言葉に満足したのか、それ以降は言ってこなかった。


「あ、学校生活とか大変だったら、相談にも乗るからね」

「それも込みで今日のカフェだったんだろ?」

「あれ? バレてる?」

「そりゃわかるよ」

「な、なんでよ~」

「春姉が俺のことを理解してるように、俺だって春姉のことを少しは理解してるつもり」

「私の気持ちには気づいてないくせに」

「……はいはい」


 春姉の最後の言葉は冗談として、適当に流す。

 私の気持ちなんて言う割に俺のことを子供扱いしてくるのだ。


 冗談でしかない。


「――――って、気づいてるのに相談してくれなかったの!?」

「いや、だって別にまだ不満とか、相談したいことないんだもん、強いて言えば部活動とかだけだったから」

「そ、そっか……」

「でも、心配してくれてるのは普通に嬉しいよ」

「そ、それならいっか」


 春姉はショックを受けてそうだったが、仕方ない。

 入学してすごく時間が経ったとも言えないし、こちらとしてはまだまだ不満とかは出ていないのだ。


「それじゃあ、また明日学校で」

「うん、また明日」

「ちゃんと勉強するんだよ?」

「わかってるよ!」


 これも心配に入っているのだろう。

 春姉はいつもそうだ。俺の時は心配を通り過ぎて過保護まで行っている気がする。


 まだ高校生になったばかりなので、子供扱い、いや弟扱いされるのは仕方ないか。

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