第38話 一日目の終わり

「おーい、春姉ぇー! いるんなら返事しろー!」


 俺は春姉を追って川沿いを走り、奥の方まで来たのだが、サンダルだけで春姉の姿が見つからない。


 雨も次第に強くなっていき、不安が募る。

 早く、早く見つけないと……。


 心の中でそう思い、見つけようと声を挙げるが、反応もない。


 やっぱり、この雨の中一人で見つけられるわけないかと思ったその時だった。


「大丈夫? 怪我はない?」


 一際大きな木の陰から春姉の声が聞こえてきた。

 誰かを心配するような声だった。


「春姉ぇ!!」


 俺が声を荒げながら春姉を呼ぶと、肩をビクッと震わせながらゆっくりとこちらを向く。


「ゆ、ゆうちゃん?!」

「春姉よかった……」

「――――っ、ごめんね? 私、心配かけたよね……」

「ほんっとう、心配かけてるよ! でもよかった……とりあえず大きな怪我がなくてよかった」


 俺はそう言いながら春姉の身体を見る。

 目立った外傷はなかった、すこし擦り傷などはあるが。


「ミクちゃんも、怪我とかない?」

「わ、私はないけど……お姉ちゃんが」

「春姉? どこか怪我してるの?」

「アハハ、大丈夫だよ、こんな――――いたっ」


 春姉は立ち上がろうとした時、痛がる表情をし、膝から崩れた。

 俺は咄嗟に身体が動き春姉の身体を支える。


 びしょ濡れで、ラッシュガードがピタッとくっつき、肌が透けている。


「足首、捻ったのか?」

「ち、ちょっとドジっちゃって」


 春姉は情けないと苦笑いしていたが、俺はそんなことよりも心配が勝つ。


「違うの、私のことを庇って怪我したの」

「ミクちゃん!」

「なんで? なんで私のこと庇うの? 嫌なこと一杯したのに」


 泣き出しそうな声と顔で春姉を見る。

 春姉はここぞとばかりに笑顔を見せる。


 そこにいた者ならわかるだろう、雨が降っているのに、春姉の周りだけ晴れているような気分になった。


「いい思い出にしてほしいし、嫌な事なんてされてないよ」

「え? でも……だって」

「私だって、好きな人と他の人が話してたら嫉妬するし嫌な気分になるから仕方ないと思う」

「ひ、ひぐぇ、ごめんなさぁぁい……」


 ミクは大きな声で泣く、その声は雨音とともに消えていく。

 十数分くらい経っただろうか。


 ミクが泣き止むとともに、雨も降り止んだ。


 雲の隙間から光が差し込んでくる。


「おっ、雨降り止んだね!」

「そうだなー、じゃあ帰るか、ん」

「へ? 何してるの? ゆうちゃん……」

「何って、おんぶするから早く乗って」

「えぇ、いいよ! 別に!」


 春姉は足を怪我しているのにも関わらず拒否してくる。

 まぁ、俺なんかの背中じゃ満足できないかもしれないが今は我慢してもらうしかない。


「いいから、怪我してるんだからこういう時くらい頼れ」

「そーだよお姉ちゃん、おんぶしてもらお?」

「うぅー、姉としての尊厳がぁ……」


 春姉のその言葉に、俺はなぜか頭に来てしまった。

 たぶん、こんな状況でもそんなことにいちいち拘っているからだ。


「なんだよそれ……」

「へ?」

「別に今はそんなの関係ないだろ!」

「ご、ごめんなさい……それじゃあ」


 春姉は恐る恐る、俺の背中に乗ってくる。

 ぴったりとくっついているので、当たり前なのだが胸が俺の背中にしっかりと当たる。


 とっても柔らかく、幸せな気持ちになり、惚けてしまいそうになるのを必死に堪える。


「ね、ねぇ? 重い、とか言ったら許さないから」

「全然重くないよ、むしろ軽すぎて心配になる」

「ほ、本当に? よ、よかった……」


 そう言いながら安堵のため息を吐く。

 そんなに重要なもんかね、と思う。


「あっ見て! 虹が出てるよ!」


 春姉が指を指す方向に大きく綺麗な虹ができていた。


「本当だ、でけぇな」

「えー綺麗とかでしょそこはー!」

「でかいんだから嘘ではないだろ」

「まぁそうだけどさー」


 ポスッと体重を俺の背中にかけて脱力してくる。


「春姉? 寝ようとしてない?」

「いいのー今は安心するんだからー」

「いや、安心してくれるのはいいけど、もう少しで着くし……」

「えー」


 子供の駄々こねみたいな感じで口を尖らせながらそっぽ向いた。


 それから数分ほど歩いて、先生や周りから怒られた後、ご飯にすることになった。

 

 それもそうだ、急にいなくなり、連絡もしなかったため激おこだった。


「こってり怒られちゃったね……」

「そりゃそうだ」


 俺と春姉は二人で顔を見合わせ、笑い合う。

 春姉がコテンッと俺の肩に頭を乗せてくる。


「ちょっ春姉?!」

「うるさいぞ~? 今はけが人なんですから、優しくしなさい」

「だ、だってこんなのしてたら勘違いされるかも……」

「どんな風に勘違いされるの?」


 小悪魔のようないたずらな笑みを浮かべている。


「だから、それは――――」

「されてもいいよ」


 最後まで話そうとした時、遮るように春姉が口を開いた。


「え……」

「なんのことかわかってるの?」

「さぁ? どんな想像をするのかはゆうちゃん次第だなぁー」


 そんな含みのある回答をしながら、ゆっくりと歩いて行った。

 そして、活動の一日目が終わろうとしていた。

 

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