第39話 急接近
その日は冷房の効いた部屋で蒸し暑くて起きるということはなかったのだが、俺は目が覚めてしまった。
たぶん夢だ。だって俺の目の前に春姉の姿が見えるんだから。
「ゆうちゃん……起きて?」
「これは夢、ゆめ……」
「夢じゃなくて現実だよ?」
そう言いながら俺の手を取り、何か柔らかい物を触らせてきた。
この瞬間、俺はバチッと目が覚め覚醒した。
「ほっぺ柔らかいでしょ~」
「あー……うん」
俺はがっかりだった。
何がとは言わないが、俺はがっかりだ。
「ちょっと話したいことがあって、今いいかな?」
「そのために起こしたんだろ」
「あはは……ごめんね」
春姉に連れられて、俺は外へ出る。
静かな暗闇に、月の灯りが差し込んでくる。
「見てー、綺麗だよー」
「星空か、こういう自然を感じられるところじゃないとな、上手く見られないしな」
「うん、本当に星が綺麗……」
「月もな」
「――――っ!」
「……なんだよ」
春姉が瞳を大きく見開いて俺のことを見てくる。
驚いたといった表情で俺は不思議に思う。
「別に、なんでもない」
「あっそ、それで? 話ってなに」
ついに話題を俺に話したいことに変更する。
春姉はなにか深呼吸をして、大きく間が空いた。
「私は本当に運がいいと思う」
「運? どうして?」
「それは結構あるよー? 副会長にもなれたし、ゆうちゃんとまたこうして話してるし」
「まぁ春姉の運がいいことは否定しないけど」
「それだけじゃない、それだけじゃないよ……」
春姉は消えそうな声を絞り出しながら話す。
「家が近いから、周りよりもゆうちゃんと先に知り合えたし」
「えっと……なに言って……?」
「――――でも最近、周りの人に取られないかが心配になる」
春姉は唇を噛み締めるように言う。
「取られるってそんなこと……」
「私には何もないから……諦めようとした」
「諦め? なにを?」
俺は春姉にそう聞いたが、知っていたのかもしれない。
「中学3年、君の所に行かなかったのは、諦めようとした……諦められると思った」
「そ、そうだったのか……」
「でもダメだった、君のせいだよ、あのままならちゃんとできたのに」
春姉はそう言って俺に背中を向けてくる。
その際、瞳からキラキラしたものが、落ちた。
「幼馴染のお姉ちゃんとして」
「それは……」
「でも、もう無理みたいっ……」
「無理って、どういうことだよ!」
「君が同じ高校に入学してきて、諦めきれなくなった」
春姉は肩までの髪の毛を靡かせて、振り向く。
「もう…………君のお姉ちゃんにはなれないや」
「だから、それがどういう意味かわかんないって……」
「君のことが好き」
「え……?」
指を指しながら春姉が俺のことを真っすぐ見ながら言ってきた。
「ずっと前から鷹村優弥が好き」
「えっと……春姉、俺は」
「返事はまだいらない、ただこのままじゃ一生近づけないと思ったから」
春姉は俺の方へ一歩ずつ近づいてくる。
「だからもう、君のお姉ちゃんはしないし、君も春姉って呼ぶの禁止ね?」
「え、わ、わかったよ……」
「ごめんね、今回の話はただの私の自己満足」
「そ、そっか」
「そして、君に意識させるための話」
そう言いながら彼女は俺の首から胸にかけて、指をススっと滑らせていく。
小悪魔のような笑みを浮かべながら。
しかし、そんな小悪魔も良く見えはしなかったが、耳も頬も赤くなっている気がした。
それに、俺の心臓も大きな鼓動をしながら、全然戻らない。
「それじゃあ、おやすみ! ゆうくんっ」
「お、おう……おやすみ」
なれない呼び方に戸惑っていると、彼女は顔を近づけてくる。
その時の表情はムスッとしていて、頬も膨らんでいた。
「呼んでみて、名前」
「え、えっと……」
「春姉って呼んだら怒る」
「……み、宮野先輩?」
「ようし、歯を食いしばれよ後輩~」
「ご、ごめんうそ、嘘です!」
春姉が拳を作り、大きく振りかぶったところで慌てて止める。
案外、恥ずかしいもんだな、春姉って呼び方をしないのは……。
「こ、小春……おやすみ」
「――――っ! うんっ! おやすみ!」
そう言って満面の笑みを向けて去って行く彼女はとても、美しく夜空に浮かぶ月や星の劣らないと感じた。
俺は宿舎へ戻る足もがくがく震えていたし、その日は絶対に眠れないと確信した。
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