第25話 修羅場と食堂での話

 春姉との彼氏期間で数日が経った。

 幸いなことに周りにはバレてはいないのだが、春姉に親しい人にはいつもと違うのが分かるようだ。


「少年頑張っているな?」

「朱羽先輩……まぁ賭けに負けたので」


 朱羽先輩が笑いながら俺をからかうように言ってくる。


「でも、小春は楽しそうだよ」

「春姉は毎日楽しそうですよ?」

「ふぅん……そうじゃないんだよなぁ」


 なにがそうじゃないんだろうかと考えていると、横から春姉が体をぶつけてくる。


「なぁに、他の女の子とイチャイチャしてるのかなー?」

「イチャイチャなんてしてない、ただ話してただけ」

「えっ、そんな、少年……あんなに大人な話をしたじゃないか」

「え……?」

「ゆうちゃーん?」


 朱羽先輩はいきなり春姉に聞こえるように大きな声でわざとらしく言った。

 それを聞いた春姉は頬をムッと膨らませて顔を近づけてきた。


「今のは、朱羽先輩が」


 当の本人は、ケラケラと笑っている。

 なんだこの俺にだけ理不尽な空気は……。


「優弥」


 名前を呼ばれた反動で、振り返ると狩人先輩がこちらに近づいてきていた。


「偶然だな、お前も食堂か?」

「いや、俺は先輩たちと話してただけです」

「……そうか、ところでご飯はもう食べたのか?」


 なにやら、変な間が空いたような気がしたが気にしない。


「いえ、まだ食べてないです」

「そ、そうか……じ、じゃあ、いまからど、どうだ?」

「どうとは?」

「い、言わせるなバカ! い、一緒に食べないかと言う意味だ」


 狩人先輩は頬をすこし赤らめながらも、言って来る。

 その時にポニーテールが左右にゆらゆらと揺れる。


「いいですけど」

「い、いいのかっ!?」

「あ」

「どうかしたか?」


 ゆっくり後ろを振り返ると、春姉が俺のことをジトっとした目で見ていた。


 その時の怖さは計り知れない。

 あふれ出る冷や汗を拭いながら平然を装う。


「今日、購買で何か買おうかなと思ってまして」

「じゃあ食堂でもどうだ?」

「俺行ったことないんですよね」

「な、ならばどうだ? この際に」


 噂には聞いている食堂。

 うちの学校の食堂は本当に美味しくて生徒にも教師にも人気と聞く。


 この際だから……この言葉に俺は負けてしまった。


「じゃあ、行きます」

「よし、決まりだな」

「ゆうちゃん」


 その一言を聞いた時に、俺は心が痛くなった。

 春姉の顔を見ると、眉をしょんぼりさせながらも、仕方ないという様子だった。


 これには朱羽先輩も、俺が悪いと呆れている。


「荒風先輩、じ、実は……今日は春姉たちと食べる予定でして」

「そうか、なら全員で食べればいいのでは?」

「お、俺はいいですけど……他の人たちが」

「私は全然いいよ~暇だし、小春は?」

「私も大丈夫です」


 結局、全員で食堂で食べることになった。


 俺は、なんだこの修羅場といった感じだった。

 しかし、あれで狩人先輩一人をのけ者にするのも俺にはできない。


「熱いから気をつけろよ?」

「はい、だいじょ――――あっつ!!」

「いま気をつけろと言ったばかりだぞ」

「すいません……」

「まったく、本当に手のかかる男だな」


 狩人先輩はなぜか俺に微笑むような笑顔を向けてくる。

 今のセリフと行動が一致してないです。

 絶対に今のセリフなら、めんどうくさいとか、呆れている目を向けるでしょうが!


「そうなんですよ、ゆうちゃん本当に手がかかるんです」

「そうだな、挨拶の時も優弥は初日から遅れてきたからな」

「ゆ、ゆうや……そ、そうですよねぇ、私が起こしてあげたんですから」

「……そ、そうなのか」


 なぜ、こんどは狩人先輩が悲しそうに眉をしょんぼりさせるのだ。

 わからない、どれも俺のだらしないエピソードを暴露されているだけなのに。


 それに、この二人が集まると注目されるので早く帰りたい。

 美人の先輩と、可愛くて学校でも有名で人気のある先輩、この二人と一緒にいる男子生徒、めちゃ場違いだろ。


 朱羽先輩はともかく俺はこの場に居てはいけない。

 俺は唐揚げを急いで口いっぱいに頬張る。


「そ、それじゃあ、俺はこれで……」

「も、もう食べたのか?」

「早くないっ? ゆうちゃん」

「いや、これは……」


 この空間から一時も早く抜け出したくて……なんて言えない。

 なんて言えばいいか、考えていた。


「いや、二人とも話しすぎですよ、私ももう食べ終わりましたし、授業の準備あるんで、先に行きますからね」


 朱羽先輩とパチッと目が合うと、ウインクをしてくる。


 朱羽せんぱぁい……。

 さっきはマジでこの人、なんなんだとか思ってごめんなさい。


「ありがとうございます」

「いやぁ、さっきのお詫びだよ」


 笑いながらそう言っあとに、表情が真剣な物へと変わる。


「私はさ、小春と親友だからさ、まだ笑ってあげてるよ」

「はい?」

「罰ゲームのこと」

「あぁ……」

「小春に振り回されてるなーってね」


 そう言って、俺も朱羽先輩も苦笑いする。


「でもね、もし小春の本気に対して、今日みたいなこととか、弄んだりしたら私は少年を絶対に許さない」

「それは、どういう……」

「どんな結果でもいいから答えを出せってことだよ」


 そう言いながら、自分の教室へ戻って行った。

 俺はその言葉が頭から離れなかった。

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