第26話 春姉と賭けと透け

「ゆうちゃーん、お待たせー」

「お、おう、あんまり待ってないけどね」

「んふふー、それじゃあ帰ろうかっ」


 春姉は俺の顔を覗き込むような姿勢をとりながらニコッと笑う。

 やめろっ、今のは心臓に悪い。


「そういえば、春姉髪の毛伸ばしてるの?」

「え、どうして?」

「前までなら、ちょっと伸びたら切ってなかったっけ?」

「ま、まぁそうだねー今はちょっと伸ばしてるって感じかな」


 春姉はそう言いながら自分の髪の毛先を触っている。

 前まではボブだったが、今は数か月経っているので、ボブとは言えないくらいには長い。


 ロングと言うほどでもないのだが、それでも少し伸びていたら髪の毛の手入れが大変だから、いつもすぐに切ると言っていた。


「でもゆうちゃん、良く見てるね」


 そう言いながら、口元に手を当てながらニヤついた表情でこちらの顔を窺ってくる。


「べ、別によく見てるってわけじゃ……」

「そうかそうか、恥ずかしいか」

「おい、勝手に話を進めるな」

「キャーッこわ~い」

「わざとらしくするな!」


 人をからかう春姉は完全に楽しくなっているのかニコニコしながら、あははっ! と笑っている。


 春姉にからかわれることには慣れてはいるが、俺のことももう少し考えてくれてもいいじゃないかとは思う。


「ゆ、ゆうちゃんはさ、たしかロングが好きだったよね?」

「え? そんな話したっけ?」

「も~してたよ~?」

「本当かよ、その話」


 春姉は眉をひそめる。

 う~ん、言ったことがあるような、ないような……。


 でも春姉の反応からするにあるのか。


 女性の髪の毛に対して好みを考えたことはない。

 その人に合っていればいいと思っているからだ。


 春姉のロング姿……。

 想像してみても可愛い、似合っていると思う。


「……ん? 俺が前にロングが好きって言ったから伸ばしてるってこと?」

「え、そ、それは……ち、違うよっ!」

「違うのか」

「た、たまたま! 偶然」


 ちょっと期待したが、違うらしい。

 なんだこの虚しさ、期待していたからか想像以上にダメージがでかい。


「ん? あれ」

「え、嘘……」


 そんな話をしていた時だ。

 ぽつぽつと雨が降ってきた。


「春姉傘持ってたりする?」

「今日、天気予報晴れだったし、降水確率も全く高くなかったから持ってきてない」

「俺も当然ながら持ってきてない」


 走るか? いやでも……。

 そう考えていると、春姉が先に走り出す。


「あははっ! 早く来なよっ」

「なっ、ちょっと遠慮したのに」

「なんで? 置いてくぞー!」


 楽しそうな声が聞こえてくる。

 春姉が走って家へ向かうので俺もその後を追う形になった。


「ふぅ、本降りになる前に帰ってこれたね」

「そうだ……なっ!?」

「んー? どうしたの?」

「いや別に……」


 春姉の下着が雨によって透けていた。

 これは不可抗力である。見ようとして見ていない。


 しかし、ピンク色とは……。

 なんとも可愛らしい――――じゃなく!


 春姉は何も知らずに近づいてくるので、顔を逸らすことしかできなかった。


「なぁんか、怪しいなぁ……」

「怪しいって」

「ま、いっか」


 春姉は幸いにもすぐに引いてくれた。

 春姉はただでさえ胸のところが強調されるような感じだから、もう少し自覚してほしい。


 俺が家に入ろうとすると、春姉が何やらバッグを漁っている。


「あれ? あれ……」

「どうしたの?」

「鍵無くした……」

「え、はぁ?」


 こういうところも春姉だ。

 だがその瞳は妙に焦っていないというか、落ち着きが見える。


 なんか引っかかるとは思ったが、俺は春姉を家に上げた。

 濡れているのに、このまま放っておくのもできないしな。


「ご、ごめんね……?」

「いや、別にいいよ、それよりお風呂の準備するから、着替えとか俺のでいいよね?」


 俺がそう言って春姉の方を振り向くと、春姉が倒れてきた。


 急だったもので、そのまま俺が下敷きになり春姉が俺の上にまたがっている。


「ちょ、は、春姉っ?!」

「ゆうちゃん……」

「こ、こういうのは、そ、それ相応の覚悟といいますか……その」

「覚悟ならできてるよ」


 その言葉にドキッとする。

 少しでも流されればそういう雰囲気になってしまう。

 そんな状況だ。


「こ、こういうのは、彼氏彼女じゃないと……」


 春姉のほどよい、肉付きのふとももが俺の身体に当たっている。

 体重がかかっているからか、ハッキリとわかる。


 なんて言うんだろう、柔らかい。

 しかもいい匂いがする。


「今は、?」

「そ、それは……」

「してもいいよ」

「――――やっぱりダメだよ」


 その言葉に理性が飛びそうになった。

 しかし、春姉の顔を見て保った。


 どこか、悲しそうな表情をしていた。


「春姉……」

「あ、あれ? ご、ごめん」


 そう言いながら、立ち上がり涙を瞳に溜めていた。


「私……さいていだ」


 小さくそう言ったのが聞こえた。

 瞳から涙が溢れ出ると同時に俺の家の玄関に向かっていた。


「ごめん、もう、今日まででいいよ賭けの件」

「えっと……」

「もう、終わりでいいよ」


 そう言い残し、玄関から出ていく。

 春姉の涙交じりの震えた声が雨音に消えていく。

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