第27話 春姉と俺といつも通り
春姉が涙を流しながら出て行った。
俺がなぜ冷静でいたのかは、長年の付き合いからくる経験だ。
春姉は年に一回ほど、大きな暴走を起こす。
今までのやつは、他の人からしたら暴走と言われるかもしれないが、通常運転だ。
俺はすぐに、春姉のことを追いかける。
インターホンを鳴らすが、なにも反応がない。
「春姉~? 入るぞー?」
そう言いながら玄関を開けると、そこには春姉の靴が並んであった。
「やっぱり鍵持ってたのか」
「……うん、嘘ついた」
「年1くらいの暴走が出たな」
「…………ごめんね」
春姉は深く落ち込んでいる。
ソファーに体育座りで、頭にタオルを被せながら震えている。
俺の顔を見ようともせずに話している。
「嫌いになった? こんな女で」
「別に、嫌いにとかは……」
「さっき、自分のことしか考えずに行動してた、ゆうちゃんのことを考えずに」
春姉はそう言いながら、タオルをぎゅっと握る。
自分のことしかってつまり……いやいやっ! 春姉だぞ? なに勘違いしそうになってんだよ。
春姉は俺のこと弟としかみてないって前から分かってるだろ。
「いや、結局自分で反省してやめたじゃん」
「でも……それだけじゃあ自分を許せない」
「俺が許すよ」
「え?」
俺がそう言うと、春姉がこちらを振り向く。
その時の瞳は赤く腫れていた。
「だから、俺が許すって」
「ひ、酷いことしたのに?」
「別に思ってないもん」
「嫌いにならない?」
「嫌いって思ってないから、なれないかな」
そう言うと、春姉はバッとソファから勢いよく俺の身体に飛びかかってきた。
今回は先ほどと違い、正面から春姉を受け止められる。
「う、うぇーへーんっ! ご、ごべんね……」
「はいはい、よしよし」
春姉は俺の胸の中で大泣きする。
ぐずぐずと涙で顔が歪んでいる。
ここまでぐしゃぐしゃに泣いている、春姉を見るのは何年ぶりだろうか。
「な、なんでゆうぢゃんはぞんなにやざじいの?」
「それは、いつも通りのこ――――」
普通に茶化そうとしたら、春姉の泣き顔が目に入り、そうじゃないだろと頭でストップがかかる。
「今日までは彼氏役としてな」
「――――っ!」
「ま、まぁ? 邪魔とかだったらすぐに帰るが」
「いて」
「え?」
「まだ、いて……バカ」
そう言いながら俺の胸をポスポスと左右の手で交互に叩いてくる。
「というか、お風呂入れよ」
「いま、沸かしてるところだから、待ってよ」
「な、ならいいけど」
ピロリロリンとタイミングよくお風呂が沸く。
「あ、じゃあお風呂入りなよ」
「服……貸して」
「い、いやあるでしょ」
「いいから、貸して?」
俺は一度家に戻りパーカーとスウェットを持ち、春姉に渡す。
「あ、りがと……」
そう言うと、春姉はニコッと笑う。
水と日の光を浴びた花のような笑顔だった。
「お、おいっ! 人の服の匂いを嗅ぐな!」
「え~? いいじゃーん」
「嗅ぐなら貸さない」
「ちぇー、あ、覗かないでね?」
「――――っ! 覗くかっ!」
春姉はニヤついた表情でお風呂場にいった。
全く、とも思ったがいつも通りに戻ってくれてよかった。
春姉は30分くらいして戻ってきた、なんかだいぶ急いだとか言っていた。
「えへへ~」
「なんだよニヤついて気持ち悪い」
「うわっ、女の子にそういう言葉使っちゃいけないんだー」
「うっ……ご、ごめん」
春姉は俺のパーカーを着ているため、手が完全に出ていない。
サイズが合っていないため、オーバーサイズになっている。
「それで? なんでニヤついてたんだよ」
「なんかお泊りっぽくて楽しいなぁ~って」
「お泊りって……」
「昔はしてたよね!」
「本当に昔の話な」
俺と春姉は家が隣同士の為、お泊りをしたことは何回もある。
しかしそれはあくまでも昔の話である。
「ゆうちゃんは嫌?」
はっきりとそう聞かれると、否定したくない。
俺も昔に戻ったみたいでこの状況が楽しいと感じている。
「いや、俺も楽しいか、も?」
「かも~?」
「楽しいですっ! はい!」
「うむよろしい」
それでいいんだ……。
ちょろくて助かると苦笑いするしかできない。
「ゆうちゃん、ありがとうね」
「別にいいよ」
「私はいつ嫌われるかわからない……」
「春姉を嫌いな人なんて……」
見る目がないと言おうとしたら、春姉の表情が真剣なものである。
「いるよ、特に女の子」
「そうなのか……」
「うん、他の男を奪った~とか、私の方が先に好きだったーとか」
「すごい苦難があるんだな、俺には想像できないほど」
春姉クラスになると人気も相当だが、それと同時に批判してくる人も一定数いるのか。
それを学校では全く表に出さないというのが、すごい所だ。
「うん、頑張ってるんだよー」
「俺には一生分かることのない悩みだな」
「わからない方がいいこともあるよ」
なんだろう、その言葉は深く重く感じた。
「でも、そういう人だけじゃないってことも忘れないように」
「あ……うん」
「じ、じゃあお、俺は帰ろうかな」
「お、送ってくよっ」
「いや、いいよ隣だし」
春姉の提案を断ろうとすると、明らかに不機嫌になる。
「行くったら行く」
「お、おい……」
結局送られてしまった。
どうせ一分もせずにお別れになるのに。
「ゆうちゃんっ!」
その近所迷惑にもなり得ない声に驚き振り向く。
「ありがとう! また明日からよろしくねー!!」
そこには、月の灯りに照らされる春姉の姿があった。
首を少しだけ傾けながら、笑顔を振りまく姿は完全に絵になると思った。
そして物語は夏休みへと突入する。
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