第33話 心の色

 ――――私、田畑恵には好きな男の子がいる。

 好きな男の子と言っていいのかわからない、違うクラスの男の子。


 周りよりも少し背の高いあなたに、笑った顔に惹かれていた。

 しかし、その恋とも呼べないものがすべての発端だった。


 中学3年生の夏、事件が起こった。


 私は勇気を出して、その男の子に話をかけた。

 中学生の私はまだ、純粋だった。

 自分のことを他人より可愛いとか、整っているとか、捻くれた感情は持っていなかったと思う。


「LOIN、交換してほしいんだけど……ごめんね急に」

「えっと、なんで?」


 戸惑うように彼が言う。


「ちょっとお話したいなって思ってて……」

「……ごめん彼女がいるんだ」


 終わった、その言葉を聞いた時に少し悲しくなり寂しくなった。

 でもこれが恋かと割り切れた。


 泣くほどとか、そういうのじゃなかった。


 噂で私が声をかけた男の子が数日後に別れたというのを耳にした。

 最初は、そうなんだくらいだった。

 その時点で私の心はもう、冷めきっていたに違いない。


「あの、LOIN交換してやってもいいよ」


 驚いた今度はその男の子から私の連絡先を聞いてきた。


「え、でも彼女いるって……」

「あーいいの、


 …………え? 今私の為って言った?

 なんで? やめてよ。そんなこと頼んでない。


 私はもう、あなたのこと好きじゃない。


「えっと、ごめん、もういいかな……って」

「え、ちょっとなにそれー冗談キツイって」

「いや、本当に彼女さんに悪いからっ!」


 その時、別れた彼女がこちらを凝視して睨んでいた。

 あー、終わった。この子はカーストの上位人物で、まさかこの子と付き合ってるとは。


「あの、ごめんなさい、私その」

「善人の皮をした悪人が」

「え」

「覚えとけよ」


 ピシャリとシャッターが閉じるように、私の心と瞼が落ちる。

 泣いていたかはもう覚えていない。


 気まずそうに男がその場から立ち去る。

 何も声をかけずに、別に声をかけてほしかったわけじゃないけど、そのためにきたんじゃないの?


 これで気まずくなって離れるなら最初から来ないでよ。


「――――っていう、馬鹿で無知だった私の物語」


 くしゃりと、最大限に笑って見せた恵は強い。

 しかし、笑顔だったかと言われればそうじゃない。


「その後は……」

「そのあとは簡単、噂は1日でクラスに広まって、3日で学校に広まった、それでそのあとはお察しの通りです」

「そうか」


 俺が何を考えているのかよく分かった、いやわかるかここまでの話を聞いた者なら。


「私は罪な女、話すだけで嫌われる。

 だから鎧を着たそんな現実から逃げるように」


 またいつもの挑発するような、でもどこか諦めているような話し方だった。


「でも生き辛いと思うなそれだと」

「ねぇ話聞いてた? 仕方なくやってるの」

「ここで鎧を着てないのは、それが苦しいからだろ?」


 俺がそう言うとイラつくような、不機嫌オーラ全開で出してくる。


「今でも上手く歩けてないのに、そんな鎧着てたらもっと歩き辛くなる」

「私は戦うために……」

「そんな錆びついた鎧じゃどうせ戦えないだろ」

「――――っ!」


 俺は鎧を着てたとしても、さっきと同じようなことになると含みを入れた言葉で煽るように話す。


「っざけんなあぁぁぁぁぁ!」


 次の瞬間、俺の右頬に鋭い痛みが襲ってくる。

 ものすごい勢いで平手打ちを食らう。


「私がどんな思いで今まで来たか、どんな気持ちだったか知らないくせに!」

「あぁ、知らねぇよ? 俺は超能力者じゃねぇんだ、他人の気持ちなんてわかるわけねぇだろ」

「アンタに話すんじゃなかった、クソ男」

「ただ、ただ今の話を聞いて一つ言えるのは」

「クソ男の話なんて聞きたくないから……」


 俺は大きく息を吸う。

 クソ男と呼ばれても別にイラつかない、俺はただこの言葉を言いたい。


「お前は悪くなあぁぁぁぁい!」

「なっ……あ、あんた何言って」

「言葉のまんまだ、俺にはお前の痛みはわからないけど、わかろうとすることはできる、今までよく一人で頑張りました」

「は? な、なに言って……う、うぐっ、さい、あく……」


 恵はまた泣き出した。

 さっきより、大粒の涙で、嗚咽交じりの声にならない声を出して。


「ただ、今からたった一人ではなくなりました」


 恵は俺に話すよう、仕草で促してくる。


「俺が味方してやるよ」

「どうして? 私の心は黒色なのに? どんな色も汚い色にしてしまうのに?」

「汚くないし、澱んでもない」

「うそ」

「本当、っていうか、俺って黒色好きなんだよねっ、かっこいいじゃん!」


 俺はそう言いながら、彼女の前で笑って見せる。

 恵はそんな余裕もないほど、ぐしゃぐしゃになっている。


「お前の心の色が黒だとしたら、夜空の様に綺麗な黒だろ」

「う、う、ぐ……」


 俺の言葉を聞いた後に、恵はより一層大きな声で泣いた。

 恥ずかしがる様子もなく、ただ、ただ感情が溢れ出るといった感じで。


 その姿を見て、俺も泣きそうになってしまう。

 涙が込み上げてくるのをグッと堪えた。


 そこから恵が泣き止むまで30分以上もかかった。

 俺はその間、ずっと彼女のそばで見守っていた。

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