第34話 夏の始まり

「あーあ、最悪……私アンタの目の前でこんなに泣いちゃうなんて」

「今までのお前より一番よかったぞ」

「はいはい、ありがと」


 恵はそう言いながらも、恥ずかしそうにしている。


「迷惑かけちゃったな……」

「まぁ羽根さんは大丈夫でしょ、ここに入っても何も言われなかったし」

「アンタにもよ」

「別にいいよ」

「そっか、ありがと、じゃあそろそろ戻るね」


 俺は恵の後を追うように休憩室から出た。

 ギャルたちはまだ店内で駄弁っていた。


 しかし、先ほどと違うのは恵がもう震えていないこと。

 彼女は鎧を着なくても戦える。


 ギャルたちが会計を済ますために、席を立つと同時に俺もその後を追いかける。


 ストーカー行為みたいでとても気持ち悪いのは自覚している。

 ただ、これは、この衝動はもう収まらない。


「あのー、ちょっと止まってくれません?」

「あーごめんなさーい、私イケてる男じゃないと燃えないので」


 ギャルたちは俺のことをチラッと見た後、ナンパはお断りでーすと軽口を叩いてくる。


「えっと、ナンパじゃないのでご安心を」

「は? なに? キモいんですけど」


 軽蔑する、ごみを見るような目を向けられる。

 後ずさりや身を引きそうになる。


 けれども迫力は狩人先輩の方がある。

 コイツよりも怖く、真っすぐで、強い先輩を俺は知っている。


 だからかもしれないが、ふと気づいた時には震えや緊張はなかった。


「お願いします、田畑恵を許してください」


 俺はギャル女に頭を下げる。

 それは頭を地面に叩きつける勢いだった。


「――――っ! お前あの腹黒女のこと好きなの?」

「そういうのじゃない、けれどアイツが悪くないことは誰よりも君が知ってると思うから」

「…………なにそれ、ウザいんだけど」


 そう言い残して、立ち去ろうとする彼女の背中に俺はもう一度語り掛ける。


「辛いよなぁ、好きだった男がふらっと現れた女に落とされるのは」

「あんた何が言いたいわけ?」

「でもアイツは彼女がいるって知った瞬間身を引いた、諦めたんだ」

「――――だからよ、だから嫌がらせした」


 ぽつ、とこれが本心というように口を開く。


「アイツが本当の悪女だったら、悪者だったらよかったのに」

「悪いのは男の方でアイツは悪くないし、君も悪くない」

「じゃあ! あの怒りはどこに向ければいいのよ! 知った風な口きかないでよ!」


 もっともな意見が返ってくる。

 俺はその場にいたわけじゃない、話を聞いただけだ。


「その怒りは、自分自身に向けるしかないと思う」

「私が何かした? フラれるような……そんな……」

「その男を見返してやれよ、アンタが振った女はこんなに素敵になったんだぞ、見る目がなかったなってな」


 俺がそう言うと、ギャルは大きく目を見開き、こちらを見てくる。


「アンタ絶対彼女できたことないでしょ」

「え……とその」

「図星ね、それがどれだけ大変な事かわからないから言えんのよ」


 やっぱり、こんな俺の言葉じゃ響かないかと諦めて帰ろうとした時、ギャルがもう一度店の中へ入っていく。


 残りの二人を差し置いて。


「え、えっと、どうなさいました?」

「アンタの痛みは私にはわからない」

「え?」


 ギャルの突然の言葉に恵は困惑していた。

 そんなのお構いなしに、ギャルは言葉を続ける。


「でも、

「はい」

「だから私は謝らない、でもあんたももう謝らなくていいわ」

「――――っ、そ、それは」

「でも、何回か謝られてたのは癪だからこれが最後――――本当にごめんなさい」


 ギャルはそう言って恥ずかしそうに、頬をポリポリと掻く。

 そして、テーブルにあったボールペンを取り出し、メモらしきものに何か殴り書きをしている。


「これ、私の連絡先……もしなんかまだ中学のことを言ってくる奴がいたら連絡しなさい、次の日にはなくしてあげるから」

「あり、がとう……」

「はぁ、もうこれでいいでしょ、帰る」


 ギャルはそう言うと、勢いよく店から出て行った。

 くぅ~、ギャルのツンデレキャラとか定番かよっ! とか思った。


 どうして、金髪のあの子が謝ってきたのか、連絡先を教えて来たのか、私にはすぐにわかった。


 君がしてくれたんだね、言われなくても、聞かなくてももうわかる。

 あなたがそういう人だからこそ。


 私の心はどうにかなっていた。

 さっきの君の無邪気そうな、最大限の励ましを込めた笑顔が私の心を壊したのだ。


 錆びついた鎧の中から、私という本物の自分を見つけ優しく接してくれた。


 私の心の色は黒色、どんな色でも私色に染め上げる。

 ねぇ……あなたの色は何色?


 願わくば、透き通るような真っ白がいいな。

 私とは対照的だけれども、一番相性のいい色。


 ねぇ? あなたの色は何色ですか。


 

 

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