第30話 完璧な鎧

「私の場合あっちが鎧だから」


 彼女は冷めた様子でその言葉を放つ。

 その冷たさに恐怖に似たような感覚を覚える。


「へぇ、鎧ね」

「うん」

「あ、おかわり」


 気がついたら、コーヒーを飲み干していた。

 俺の言葉に彼女はジトっとした目で睨んでくる。


「Sサイズ450円、Mサイズ550円、Lサイズ650円となっておりまーす」


 と、軽い口調で言って来る。


「いや、金取るのか」

「当たり前でしょ、お駄賃とか言ってただでコーヒーもらってる方がおかしい」


 スパっと切られる。

 まぁそうだな、小さい子ならまだしも高校生相手にな。


「羽根さぁ~ん」


 俺はわざと泣くふりをしながら羽根さんに助けを求める。


「だ、ダメだよゆうちゃん!」

「ちぇっ」

「また来てよ、1人でも、一緒にでも……」

「うん、今度は首根っこ掴んで一緒に来るよ」


 俺は羽根さんとのやり取りを終え、帰ろうとする。


「ち、ちょっと待ったぁ!」

「なんだよ、うるせぇな」

「き、聞かないの? なんで学校ではああなのかとか」


 色々あるでしょう? と田畑恵が言ってくる。

 なんで驚いたような表情をしてるのか俺には不思議でならない。


「いや、聞いてほしいの?」

「そ、そういうわけじゃ……普通そうかなって」

「聞かないよ」

「あっそ」

「まぁ、もし聞いてほしいなら聞くけどね」


 俺がそう言うと、ポカンと口を開けていた。

 そんな田畑恵に俺は続ける。


「――――てか、俺が聞いたら素直に教えるのかよ」

「そ、それは……」

「だから今は聞かねぇよ」

「そっか」


 数秒の間、店に沈黙が流れる。

 絶妙な空気になってしまい、俺は逃げたいと思った時、彼女が切り出す。


「一つだけ、ひとつだけ聞いてもいい?」

「ん? なんだよ」

「あなたから見て、私の鎧は完璧だと思う?」


 俺はその言葉に、どういう含みがあるのか完全に理解はできなかった。


 エスパーじゃねぇんだ、相手の考えなんてわかるわけない、だからこそ俺なりの答えを伝える。


「知らん」

「は……? はぁ?!」


 まぁ、そうなるよな……と俺は苦笑いする。

 本当にわからなかったんだからしょうがないだろとも思う。


「人が結構勇気出して聞いたのにっ!」

「ただ、学校でバレてないんだとしたら、大丈夫なんじゃねぇか?」

「あ、そ」


 俺の言葉に何やら安堵しているようだった。


「まぁ、お前みたいな可愛い顔っていうか、整っている容姿してたら、男子たちが黙ってないしな」

「あ、やっぱり?」


 と田畑恵はニヤついた表情で小ばかにするような挑発的な態度で言う。


「ただ……それを続けるのは、しんどいと思う」

「――――っ!」

「んじゃ」


 今度こそ本当に店を出る。

 あの時の田畑恵の表情を見てはいないが、何も言い返してこないという事は思うところがあったんだ。


 ま、いいかと俺は心の内にとどめて、また蓋をする。


 その後、夜19時を過ぎた頃、ピロリロリンとスマホが鳴る。

 誰からだとスマホを手に取ると、思わず目をそむけたくなる人物だった。


 いや、昨日までは良かったが今日から目をそむけたくなる人物からだった。


『や、起きてる?』

「今頃だらしなく寝てると思ったか?」

『う~ん、それはそれで面白いかも滑稽で』

「喧嘩を売るために連絡したなら帰ってくれ」

『いや、用事ならあるよ』


 深刻そうな口調なのはLOINだからだろうか。

 その文面からでも田畑恵の不安が感じ取れる。


『今日のこと絶対誰にも言わないで』

「鎧がなんたらのことか?」

『そうそれ、あと何気に恥ずかしくなるからその呼び方辞めて』

「じゃあ、実は腹黒とか?」

『あんたこそ喧嘩売ってるよね?』

「さっきの仕返し」


 そう返すと、一言『うざ』この言葉しか返ってこなかった。

 よくない、男子高校生は女子からのそういう言葉が一番傷つくんだぞ!


『とにかく! 誰かに話したり、ましてや広めたりしたら容赦しない』

「ほう、容赦しないと言いますと?」

『社会的にコロス、いや抹殺するわ』


 俺はその文を見た時、身体がビクッと反応し「ひぇ」と口から怯えの象徴のような言葉が出た。


『あ、てかてか、打ち上げやるの?』

「さぁ、与一たちが勝手に盛り上がってるだけ」

『ふぅん? てっきり乗り気かと思った』

「別に……生徒会の仕事もあるし忙しいんだよ」

『そ、私も行くかどうかは別だけどね』

「行かないのか?」

『私みんなとそこまで仲良くないもん』


 この私は鎧を装備していない、本物の田畑恵のことだ。

 どうにもその文字に哀しさを感じてしまう。


「その割に俺とか与一とはつるんでたな」

『与一君はクラスの中心的存在だし適当な態度とはいかない』

「じゃあ俺は?」

『あんたは学級委員だから仕方なくのおまけ』

「その捻くれ曲がった心をぶん殴ってあげましょう」

『暴力反対』


 もっともな意見が返ってくる。

 いや、身体じゃない心に直接だな……俺は何を一人で考えているんだか。


 ばかばかしくなり、それ以上考えるのをやめた。


『こんなに長く話すつもりなかった』

「30分くらいか?」

『あんたが余計な話持ち込んでくるから』

「持ち込んだのはそっちだろ」

『ほう? 私の話が余計と?』

「ごめんなさい」


 変な圧力を感じ、すぐにLOINで謝る。

 すると、スタンプが返ってきたそこにはOKと書かれていた。


 そこでやっと俺と彼女のLOINのやりとりが終了した。

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