第16話 鷹村優弥と頬の心配

「ゆうちゃーん、おはよー……ってどうしたの?! そのほっぺた!!」


 春姉が教室に来て、俺の顔を見た瞬間に表情が変わった。


「あー、朝にちょっとね……でも全然平気だよ」

「それホント?」

「ほ、本当だよっ、なんでこんなことに嘘言うんだよ」

「だってゆうちゃん、抱え込むタイプでしょ?」

「そ、そうかもしれないけど……大丈夫だよ」


 俺が春姉にそう言うと、渋々納得していた。

 これ以上心配させないために俺は彼女に殴られたことを言うのはやめた。


「そういえば荒風先輩が褒めてたよ」

「誰のことを?」

「それはもちろん、ゆうちゃんのことをだよ」

「なんで俺のことを?」


 どうしてだろうか、そう思って聞くと、春姉も不思議な表情をしていた。


「なんか、あの男は度胸がある。他の男とは違うーとか言ってた気がする」

「どういう意味なのそれ」

「だよねー、私も聞いたんだけど教えてくれなかった」


 なんだろう、でも褒めてるってことは悪いことじゃないだけマシか。


「でもあの先輩はかっこいいよね」

「かっこいい?」

「うん、男でもあのカッコよさには惹かれると思う」

「惹かれる……ふ、ふぅん?」


 春姉は何に反応したかわからんが、頬をムッと膨らませている。


「なに、春姉」

「べ、別に?」

「ハムスターみたいになってるけど」

「な、な、なってないから!」

「いや、ほっぺたが――――」

「いいから続きは!?」


 春姉はそう言いながら、早くハムスターに話を遮った。


「なんか、誰が相手だろうが堂々としてて、かっこいいなって」

「あ……そういう感じのやつね」

「なんだよ、そういう感じのやつって」

「べ、別になんでもないよ!」


 春姉はいつもおかしいが今日は特におかしいような気がする。


「……でも、無理はしない程度に頑張りなよ」

「うん、そうするよ」

「もうっ、本当にね」


 春姉はそう言うと、俺の殴られた方の頬を手で触ってくる。

 春姉の手は温かく、なぜか懐かしく感じた。


 小さい頃もよくこんな感じで……。


「子供じゃないんだから」

「アハハッ、まだまだ私にとってゆうちゃんは子供だよ」

「…………また弟扱いかよ」

「え? なんて?」

「別になんでもない」


 子ども扱い。

 まだまだ弟として見られているのだろう。


「おいおい、こんな朝っぱらから、美女と談笑か?」

「与一、いつからいたんだよ」

「今来たから話は聞いてないけど、あの人の顔見ればわかる」

「あっそ」


 ニヤつきながらイジってくるのに対して、俺は冷たい反応で返す。


「頑張ってるんだな、生徒会活動」

「まぁ、まだ始まったばかりだけどね」

「俺も部活忙しいよ、先輩が怖いし」

「お互い頑張ろうな」


 与一は朝練で学校に早く来ていたの事、俺たちが駄弁っているとガララと教室の扉が開く。


「田畑さん早いね、おはよう」

「お、おはようございます」

「委員長おはよう」

「与一、委員長は俺だ」


 俺が与一に訂正を入れるようにツッコむと、田畑さんは笑っていた。


「仲がいいんですね」

「仲がいいのかな……あはは」

「いいと思いますよ」


 田畑さんはそう言うと、なにかに気づいた様子だった。


「そこ赤くなってますよ、大丈夫ですか?」

「あーこれ? 大丈夫だよ、気にしなくても大丈夫だから」

「本当ですか? 絆創膏ならありますけど」

「用意がいいねぇ」

「あ、いや本当に大丈夫だから」


 田畑さんがカバンから取り出そうとしていたので俺は慌てて止める。


 もう痛くもないし、絆創膏をもらっても、申し訳ないと感じた。


「みなさんは、勉強ですか?」

「いや、俺は生徒会活動で、こいつは部活」

「あ、そうなんですか、てっきりテストに近いので勉強しているのかと」

「テスト……?」

「え、あ、ご、ごめんなさい」


 なぜ謝るんだい? 田畑さん……。

 テストの存在に気づかせてくれた君は英雄だよ。


「あと五日後……」

「せ、正確には土日含めて一週間か」

「終わったか?」

「が、頑張りましょう! やれるところまでやればきっといい点とれますよ」


 田畑さんがそう言いながら、励まそうと頑張ってくれているが、絶望した男たちには効果がないにも等しかった。


「い、今から一緒にしますか?」

「え、いいの?」

「教えるのも勉強になりますから」

「ぜひお願いします!」


 田畑さんに勉強を見てもらいながら、与一と俺は一週間後に控えたテストに向けて勉強を始めた。


「ふー、これくらいでいいか」

「そうですね、もう少しでみなさん来ますし」

「今度から、テストまでの間勉強見てくれなーい?」

「こら、与一田畑さんに迷惑かけるようなこと……」

「全然いいですよ?」


 答えは案外、ふらっとしたものだった。


「え、いいの?」

「はい、楽しかったので」

「あの……俺もいいですか?」

「もちろんですっ」


 田畑さんは包み込むような笑顔を向けてきた。

 なんだろう、この笑顔を見たら、みんながのほほんとしてしまうようなそんな表情だ。


「田畑ちゃんって、俺勘違いしてた」

「え?」

「なんか、絡みにくいかなとか思ってたけど、全然絡みやすいな、優しいし」


 与一が田畑さんへの認識を改めているのを聞いて、俺も嬉しくなってしまった。


「ま、勉強頑張ろうか!」

「急にやる気出したな」


 与一に呆れつつも、俺も頑張ろうという気持ちになった。


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