第54話 契約と帰宅
その後ヴィオラさんがいくつかの手順を踏み、こうしてあまりにもあっさりと、カンナさんは僕が所有する奴隷ということになった。
とはいえ契約の過程が思いの外簡単なものであったからか、はたまた契約を結んだことでカンナさんとの間に強い繋がりを感じたりする……といった現象が起きる訳でもないからか、正直契約を結んだという実感はない。
それでも双方禁則事項で縛られているというのだから、やはり魔法というのはなんとも不思議なものである。
ちなみに当初予定していたよりも結果的に額が安くなったため、お金はアナさんからではなくギルドから借りることにした。
……まぁ、どちらにせよこの場ではアナさんに払ってもらうことにはなったのだが。本当アナさん様々である。
契約後、カンナさんは先ほど飲み物を持ってきてくれた従業員に連れられ奥の部屋へと向かった。なんでも服装や見た目を整えるためらしい。
……見た目ということはあの髪型も変わるのかね。
購入者が決まればあの髪型でいる必要がないからか、それとも多少は信用されたのか。後者が少しでも含まれていたら嬉しいけど、実際のところはどうだろうか。
契約に至った以上多少は信頼を勝ち得たということだと思っているけど、これは自惚れかな? ……まぁ、なんにせよその辺りは今後会話していく中でわかっていくことか。
さて、そんなこんなでカンナさんが裏で準備をしている間、アナさん側つまりまごころの従業員となる子を決めることになった。
僕と違いある程度資金のあるアナさんは、こちらの要望と向こうの提示する条件と値段から吟味し──結果1人の少女を候補として選んだ。
従業員に連れられ、1人の少女がやってくる。
彼女の名はデイジーというようだ。年齢は15歳と若く、カンナさんと比較してもかなり小柄な少女である。
水色のミディアムショートヘアを有し、柔らかく笑みを携えるその姿からはどこかお嬢様のような雰囲気を感じ取ることができる。
……うん、この柔らかい空気感。まごころに合ってそうだ。
そう思いながら内心1人で頷いていると、ここでアナさんはデイジーさんと会話を始めた。
会話内容は双方の条件の確認や、契約内容などの堅苦しいものから、世間話まで様々であった。
その間2人の間には終始和やかな雰囲気が漂っており、時折笑い声が聞こえる度に「……あぁこれがコミュ力か」と心の内で落ち込んだのはここだけの話である。
結果的にその雰囲気からもわかるように双方条件的にも問題なく、何よりも互いに人柄に惹かれたようで、あっさりと契約は結ばれた。
その後すぐさまヴィオラさんが作業をし、こうしてデイジーさんはアナさん所有の奴隷となった。
ということでデイジーさんも見た目を整えるためにと奥へと向かった。
契約を終えた以上、あとは2人の準備を待つだけである。
ただその間特別やることがある訳ではなかったため、ヴィオラさんから奴隷について色々と情報をもらいつつ時間を過ごしていると、少しして扉をノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」
「失礼します」
ヴィオラさんの言葉に、いささか緊張した声が返ってくる。
そして少しして、声の主であるカンナさんが部屋へと入ってきた。
僕はその姿に思わず目を見開く。
なんてことはない。ただ髪を整え、顔を露出させた彼女が僕の想像を上回るほどに美少女だったからである。
「あらいいじゃない」
ヴィオラさんが素っ気なく、されど柔らかい笑みと共にカンナさんを見つめる。
そしてすぐさま「どうかしら?」と言葉を続けると、僕へと視線を向けてきた。
さてなんと返すのが正解か。
相手は10歳以上年下の女の子。下手なことを言って変な空気にはしたくない。
そう思い数瞬悩むが、やはりここはと僕は心のままにその思いを口にすることにした。
「とても綺麗だと思います」
「あ、ありがとうございます」
当然だが僕の言葉に下心などはない。
はたしてそれが伝わったのだろうか。カンナさんは整った容姿を恥ずかしげに破顔させた。しかしその笑顔にもどこかぎこちなさがあるのは、やはりまだ僕と彼女の間に距離があることの表れか。
なんにせよその辺りは今後の僕次第か。
その後すぐにデイジーさんも部屋へとやってきた。デイジーさんは元々小綺麗にしていたため、変化といえば服装程度だが、それでもより美しくなっていた。
そんな彼女へとヴィオラさんやアナさんが声をかけ──こうして目的を果たした僕たちは、ヴィオラさんに挨拶をしたあと、4人で帰路へと着いた。
◆
帰り道。普段であれば2人並び歩く僕とアナさんの間には、カンナとデイジーの姿がある。
2人は最初僕たちの後ろを歩こうとしたが、それは僕たちの意思に反するため、こうして横を歩いてもらうことにした。
確かに奴隷と主人という立場かもしれないが、僕とアナさんにとって彼女たちは従業員。そして今後同じ志の元歩んでいく仲間であるから、可能な限り対等に近い関係でありたいのだ。
……それにしてもなんだか不思議な感覚だ。
これまで基本2人で歩いていた所にいきなり4人になったのだから違和感を覚えるのは当然か。
だがきっと遠からずこの光景が当たり前になるんだろうなと考えると、なんだかエモさを感じる。
あ、ちなみに彼女たちの呼び名についてだが、2人の要望で呼び捨てでいくことになった。
普段女性をさん付けで呼ぶことが多い僕には、正直呼び捨ては中々に高いハードルである。
しかし少女たちからさん付けは距離を感じると言われてしまったため、ここは2人と早く仲良くなるためにもと頑張ることにしたのだ。
その際アナさんから「私も呼び捨てでいいんですよ?」と言われたが、僕はすぐさま「……アナさんはアナさんのままでお願いします」と返した。
……さすがに同年代の女性相手、しかもそれなりに関わりのある人をいきなり呼び捨てにするのはさすがに気恥ずかしさが勝ってしまったからだ。
そんな僕の内情を知ってか、アナさんは「ふふっ、わかりました」と言ってあっさりと引き下がった。
おおかたこちらがどんな反応をするかわかっていて、からかったのだろう。
そんな彼女の小悪魔的行動に思わず顔を赤らめる僕と、にっこりと笑うアナさん。
そんな僕たちの表情をキョロキョロと見た後、顔を合わせて笑うカンナとデイジー。
はたして僕たちの姿は周囲の目にはどう映っているのだろうか。
当然そんなことわからないが、なんにせよ仲良さげに見えているのであればそんな嬉しいことはないなと1人内心思った。
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